白井鳥酔

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『露柱先師懐玉抄』(烏明編)

享和元年(1801年)4月4日、鳥酔の三十三回忌に刊行。自序。

于時寛政十三歳四月四日」とあるが、寛政13年2月5日、享和に改元。

烏明は松露庵三世。

享和元年(1801年)6月19日、76歳で没。

來る年寛政十三酉四月四日は先師鳥醉居士清淨本然忌とはなりぬ



鳥醉先師名所古跡遺章

懐玉抄 乾巻

○嵯峨落柿舎舊跡

柚の花に昔を忍ふ臺所ゆかしく尋ね尋るにそれと指さす人なし一老人曰去來といへる俳諧師はしらすそのかみ向井不閑と聞えし浪客ははしめ乘見山の北にすみ後に安堵橋の西へ居を轉したるよしその前後の二處も今は草麥の畠となりて殘れりといふのみさたかならす

   柿の花柚の花いつれ菴のあと

嵐山大悲閣上比肩す蓼太老人に對す

   最一聲隱者の慾やほとゝきす

金閣上に登りて鏡湖池を望

   秋の日に研直しけり池の水

義仲寺一ッ葉の寺による

   墓の松夏來てもたゝ二葉かな

龍か岡十哲葬し地

   みつうみを木の間に分て墓涼し

その骨祖五月雨に隱れぬものや瀬田の橋と句なつて正秀かもとへ杖曳れてその句を噺されけれは正秀かいふ橋の所さたかならすと翁黙して歸るさに乙州か許へ立寄給ひさてさて正秀は未熟なる修行也此句瀬田に所を定めたるなるへしと物語を文素申出してしはしは橋上に立て所を得たる句をと三子品字に二時はかり物言はす一句も得すして空しく歸

石山大悲閣上

   木々の葉や六十帖に染分る

三井寺高觀音

   こもらはや一夏の伽に鳰の海

唐崎

樹下にたゝずみしはしは仰向てしけれるを見るさらに日影をもらさす夜の雨を思ひやられぬ交枝をさゝえてたてたる杖はかそえつきすまことに扶桑にも一つ松なるへし

   唐崎や杖をちもとの散松葉

○堅田浮御堂

千躰佛の御まへにひとり立て浪は動かす兵陽城をおもひやり見渡は折ふし旭うるはしく鏡山のいたたきにさし出るけしきその餘光湖面を辷つて堂下に入

   氷解く朝日の上やうきみ堂

三井寺晩鐘を聞

大津松本なる文素所風兩士の許に遊ふ主人かいふ三井の鐘はさすかに八景のひとつにしてその響異也といさなはれ尾花川といへる所に杖ひきて圓居す眺望なす所比良の暮雪は梺の卯の花に殘り片田の落鴈はうき巣にたゝよふのみ粟津の青嵐も折からしつかにして歸帆の姿を失なひ瀬田の紅輪も落て湖面の金兎はいまた走らす志賀の都の麥の穂赤らみて苅干捨てたるさまかんこ鳥幽に啼す木の間にもれたる聲哀れ深く心すみて耳にかそふれは一百八聲の鐘

   一景は鐘に暮たり麥の秋



○登芳野山 寶暦第七丁丑三月二日 花盛日に山法師比肩

四年懸の社頭に二もとのさくらを目のはしめとして十歩を右に十歩を左になしつゝ永峯を永うよち登は雲の中行人ににも似たり豐玉の一目千本とほうひありし茶屋に至りてむかし誰かゝる櫻の種を植てと殊更におとろく

   芳野山は花の木の間の花見かな

○己卯三月廿三日 烏明陪行

よき人の芳野よく見てよしといひし吉野よく見てといへる 御製を吉野よく見るといへる萬葉に言葉のはしめなりとかやされは櫻を雲とは人丸の言葉にしてよし野よく見ぬと聞へし和歌の詠はしらす

   よく見てもよく見ても雲をよし野山

   しのゝめに雲ははなれて山さくら   陪行 烏明

○登高野山 御廟にて

   あかつきをまたてや蛇も穴へ入

紀三井寺 向く景は十一面や浦の秋

玉津島 椿にもしるや莟の玉津島

くらかり峠 夏草や足もとくらき九折

信田森 蜂の巣やみたらし甘き千枝の陰

○葛の葉 葛の葉も尋て見はやうら表

住の江神社

   駒鳥や木の間に四社の鈴の音

   初茸やそれさへ草の波間より

○天下茶屋 一葉ちるや天下皆知る茶屋の庭

○住吉寶の市へ詣るにまはりまはりて見れは鳥居の前の土壇茶屋に燈を點せす夜をわするゝ所あり爰に腰打かけてしはしはほこりをしつめる

   月ひとつ寶ひろふや市の跡

○浪花古寺號四天王寺佛法東漸是濫觴

   ねはん會の最初を啼や明からす

      右金龍庵の夢をさまし耳をすませはその觜
      左のけふをしたり顔なるを聞て枕上の吟



○はせを翁僊化の地 花屋仁右衛門かかし座敷今ははりま屋勘兵衛住

霜降月二日潤二子に伴れて祖翁遷化し給たる南御堂の舊宅を尋ぬ彼病床の吟に夢は枯野とありしその寐姿にうかみぬるまゝに今のあるしへ囁くのみ

   來て見れは夢のすかたは火燵哉

あみたか池 消えぬ火の晝の螢や池の中

天滿 青梅は竿に飛けり宮所

生玉 河骨やみたらし淺き玉の數

○野中觀音 ふたらくや裾野は高し秋の松

○清水大悲閣

浪もて洗ふあはち島のけしきは朦朧として吹繪に髣髴たりしはしは高欄に腮をのせてこゝに弘誓深如海とある事を思ふ

   誓ひ又空へも深し朧月

浮無瀬にて祖翁の眞蹟を拜す

   涼しさや風折まける軒の松

○壬生山居 金龍庵僑居

   中々に山の奥こそ住よけれ

      草木か人のしかをいはねは

   ものいはぬ草木に聲や初しくれ

○同僑居人とはは恨もはれて降つもるとよめるをけふや草庵の姿に思ひ合す根笹の交枝たはみふしてをのつから山獸の通ひ路防き侍るは世我をすてゝ我いまたすてされとも我棄たるに似ておかし

   踏汚す世に似ぬ庭やけふの雪

   木も竹もたはまぬ石も今朝の雪

○春眠不覺曉處處聞啼鳥

   うくひすの聲に屑なし朝ほらけ

伊賀實録といへる集浪花僑居のうちにゑらむ

○須磨覧古 源氏にいふ彼須磨はむかしこそ人の住家なとも有けれ今はいと里はなれて心凄し

   飯焚も蚊遣も同しもしほ草

須磨寺 堂前に神宮皇后の釣竿あり義經の腰かけ松あり

   須磨寺や松竹の葉も幾かはり

○明石月照寺人丸社前

そもそも淡路の孤島は姿神代のまゝにして塞す崩れすへらすふえす東西に長う浮み人麿山に向ひあふ其間大洋わつかに三十餘丁をへたつ蒼波澹々として流れす詩客は媚て名月池とも見るへし中に鹿の瀬といふあり鰌魚穴に入て潮のいからさる時は鶴の脛あらはにたつ

   萍の池となりけり海の形



○懐玉抄 巻地

○鎌倉鶴岡社頭 題鶴龜石

   鶴龜松竹の葉かえて石かへし

光明精舎 小わらへともニたはむれて

   蒔ちらす青砥か錢も十夜かな

○箱根路をたとる

   岩ともに持て行たきしみつかな

三島の社頭 長明紀行にいふ

此御やしろは伊豫國三島大明神を移し奉ると聞にも能因入道伊豫守定綱命により哥よみて奉りけるに炎昇の天より雨俄に降りて枯たる稲葉もたちまちにみとりにかへりけるあら人神の御なこりゆふ襷かけまくも賢く思ふ

   せきこけし苗代水のなかれ來て

      またあまさかる神そ此神

みたらしに彳みて

   苗代の濁らぬ神や秋の水

清見關 長明紀行にいふ

むかし朱雀天皇の御時將門といふ者東にて逆謀起しけるに是をたいらけん爲にうちの民部卿忠文をつかはしける此關に到りてとゝまりけるか清原重藤といふ者民部卿伴ひてぐんかんと云つかさにて行けるか漁舟の火の影は寒うして浪を燒驛路の鈴の聲は夜山を過ぐといふから哥をなかめけれは民部涙をなかしけると聞て哀なり 清見かた關とはしらす行人も心はかりはとゝめおくらん折から名物にたはむれて

   新蕎麥や目をとゝめたる人通り

大井川

箱根八里は馬ても越かこすにこされぬと馬追ふ唄にも聞えて五十三驛に旅客第一のうれひとする處古人呼て蜀川といふとそ見わたせは河原渺々と目もさらに極らす祖翁の言葉に秋の雨江戸に指折らんとあれは先師柳居は旅人を筏に組やとたはむれ給ふ眼前の章あり川こす男の足もとさへ定かねてかき分かき分行さま夏も水すさまし

   大井川や鮎も七瀬の七轉ひ

小夜中山

   子育ての惠みや飴を菊の水

赤坂驛 此所は旅情をいたはる女多くして早哥諷ひつゝ賑はしく我は同所長花坊と念佛申て一間の隅へ押こめられて

   木のはしのふたつ枕は夜寒かな

芝休みして稲苅男の噺すを聞は東都の初東風に吹れありきたる萬歳なるよしを聞て

   稲苅の袖から出てや鶴か舞

八橋覧古

   花に見る翡翠の皃や橋の跡

   早苗とる畔の蜘手やはしの跡   陪行 烏明

熱田の社頭

   薙々て夏草もなし宮所

○伊勢兩宮

   木下闇なき代となりぬ神路山

五十鈴川をへたてゝ拜するも僧徒に類する我姿なれは

   神鏡に我形寂し秋の山

二見 せきれいや二見の石を二はしら

○木曾路 夕たちの雲にむせたる木曾路哉

ひたりは千仞の山雲を見上右は數十丈の巖に渓流を見おろす蜀の嶮岨はしらす爰に旅客の目さましく杖を立直す處なり

   かけはしや蠅も居直る笠の上

   かけはしや其代を思ふ青あらし   陪行 烏明

○信州戸倉の驛 無量壽佛庵

あるしの僧草花を樂しむ庭前にさかり也心のつまにかけぬ日はなしと元祖上人の詠哥におもひよせて

   菊百合を兩尊にしてたち葵

此句は挨拶の章にして延享三丙寅年五月なり此草庵は本田善光のゆかり有て分て人々の賞翫すくなからす此一章により屋代の路因子をはしめ信一國の社中風に草木の靡く如く皆同門となりたり誠に師を慕ふ風士今におゐておひたゝし

善光閣上 五月十四日夜

諸国信心の徒奉納なす所の常燈は數をしらす寂々として折からの螢に髣髴たりふりかへり見れは月川中島の上にさしむかひしはらく庭中に蹲踞り此光明を拜すれは無量の重罪も爰に減盡すへく覺ゆ

   入梅晴や月一燈の施主は誰

○登姨捨山

姨石のかたはらに草を敷てしばしば見やれは植さかる田毎の早乙女は鏡臺山にむかひ合かたちを作り代かく馬はさらしな川の流に洗ふ

   おはすてや伯父は田毎の苗くはり

不破古關 麻苅て畠も荒けり關の跡

高宮驛 秋風や麻織る音のあつちこち

○和田峠にて 猶長し五里の峠に栗の花

○すはの湖にて 渡るものは月の氷に螢かな



○みちのく松島

西行戻しの坂に笠うち敷て島々を望むまことや扶桑第一の佳景を思ふ折から秋の盡る頃にして百餘里の道々紅楓に染たる目を爰に洗ふ

   松島や紅葉を交せぬ水の色

○同所瑞岩禪寺屈

長連床上の佛性を見そこなはぬ
なるへしと尊し

   壁へ向く僧に影なし秋の暮

末の松山 松山や來て袖しほる露しくれ

石の巻日和山 空青き嵐のあとや鶴わたる

壺の石ふみ 俗に市川むらの立石といふ

   碑の前や六尺去つて粟畠

文字摺石 いつの世の人の業にやとしはしはうらみて

   裏見るや摺れぬ石の肌寒し

千とせ山 頂上にあこ屋の松を見やりて

   鶴の輪の中に山あり秋の松

十符の菅

岩切村冠川あたり近きに百姓佐左衛門といへるものゝ後に十尺はかり四方の菅田あり名のみ未枯て寂し我三符に寐んとよめるむかしを聞は

   今は鴫の寐るにもせまし十符の菅

武隈明神社頭

   豆引や神馬へ一把投て行

伊達大木戸 下紐の關の跡なりと聞て

   秋風や草も紐とく關の跡

笠嶋道祖神 藤の中將記念のすゝきあり

   神やしろの後は蓑のすゝき哉

黒塚 安達か原に人肌藥師といふあり別當は今に祐慶といふとそ

   黒塚やまことしからぬ女郎花

遊行柳

芦野邑中湯前大明神の鳥居左りに埒ゆひまはして古柳あり田一枚植て立さる柳といへる祖翁の俤を思ひ猶上人のむかしをおもふ

   立よれは六字書葉やちる柳

白河關 日數ふるまゝに漸白川驛に至るかの法師の俤を思ひよせて

   草の葉や秋風そふく關の跡

○那須野

   初雁や何そ見たやら野を除る

○同殺生石眼前

   野の石や破れた中から女郎花

淺香の沼 今は田となりて沼はかたちはかり殘れり花かつみは太藺(フトイ)に似たるものにして苅て用なしと田苅の男の答ふ

   稲苅の鎌にはしらす花かつみ

湯殿山を望

   さとられぬ湯殿の上や雲の峯

○白川覧古 此地は爰の小岸の城主とそ佐竹義重ととり合し所也

   坂は今氷柱の抜身なかりけり

○しのふの里なる佐藤庄司か城跡を尋ぬ醫王蜜院に杖を引て刹裡に建る所の兄弟か遺碑を見る誠に矢しまの次信吉野の忠信を感して

   殘る名に跡さきはなし花紅葉

須賀川

世の人の見付ぬ花とありし庵地は畠になりぬとあるしの桑名氏に教られゆかしく草鞋を踏つゝ至て今の穂を見るも又西方に便ありけり

   尋來て見付た栗や菴の跡

日光山神祖拜禮之辭

往し年倭漢の良材木金丹青の再興數寄崇信の手をつくして落慶したる秘宮の結構を拜し奉りて退く社頭を踏を恐れ膝行して双手を石疊の上に垂れ目を前後左右におくりて

つくつく詠つくつく思ふに

   あら尊うと青葉若葉の日の光

   たらぬ花たらぬ鳥なし宮所

            蓮花石大日堂碑あり
            鉢石觀音寺ニ碑あり
            江都兀雨建

二子拜禮の章にはさらに姿情もてす我又ことはを贅すへからすそいへとも今や國家興つて百五十有余年治平化する所腹つゝみをうつて樂しむの時正綱君植させ給ふ神樹千秋のみとりを末民に至るまてたゝ祈るその趣を比肩しかしこまれる藻友兀雨子へ細語すのみ

   萬代に嘗ても盡じ杉の露



   静さや山は衾を秋の色

   秋の日や木の間木の間に箔のいろ



   蛇の入跡や乳の本の穴かしこ

○長坂 朝寒や雪にからまる人通り

○日光権現 湖に秋の塵なし神こゝろ

○中善寺しめちかはら觀音 此原のあらむ限りはト治茸

○荒津うら見か瀧 肌寒や行者をさらす瀧の裏

○花巖か瀧 瀧深し岩茸取も底しらす

霧降が瀧 ちりちりて霧に交るや瀧の裾

○旅寓之吟 川音の耳にはなれぬ夜寒哉

   聞ものは慈悲心鳥や秋のくれ

   起臥しの肌寒早し雲の中

○南總東金木の女子の文

木の女は百明叟の正室にして國風の三十一文字によし手跡も見事にして東金潜り近所の女童の師たり十七言もたのしむ

見せはやな薺花さく菴の垣
   木の女

春もやゝ面白うなり行頃木の女か草菴の垣根にさける薺の花をつみてひとへなる紙に包一章を添て廿余里の近からぬを送るその詞は祖翁のはゝ見れはの古き言葉をとりてかれ是の風流云はむやうなし是にむくはんとして折ふし几上に養ひ愛せるかつしかの梅屋敷臥龍梅の到來したるを一輪とつてつかはすもとより木の女は東都に産れて南總に移る我は南總に生れて今江都に遊ふされや侘郷にある人は四季折々花の開くにも鳥啼月を見ても古郷のなつかしさはかはるへからす

   此やうなこちらも時そ梅の花

○祖餞

白河古關の信友烏黒子余か草菴に來る其こゝろさしを問はことし詞友何某をそゝなかし千里の旅を思ひ立もとより五十三驛の髪の如きは行す斜に入あるは横さまにも入て古跡哥枕をさかしさかし須磨明石いつくしましらぬ火のつくし太宰府の聖廟の御庭草をもふむへくまゝに歸あふ時はやゝ秋の半にもあらんそと思へは遥にして脛の毛も絶ゆへし雨に笠を被り霖に浴衣をさらすまことに渠か風流を感して旅用にたしみおける一包をはなむけとなし添て一章をおくる長途の達者を壽き侍る

   八重霞雁の連あり飛行敷

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