2010年滋 賀

三井寺〜芭蕉の句碑〜
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大津市園城寺町に三井寺(HP)がある。


長等山園城寺といい、天台寺門宗の総本山。

第五代天台座主智証大師円珍和尚によって天台別院として中興された。

 天智・天武・持統三帝の御産湯に用いられたという霊泉があり、「御井の寺」、「三井寺」と呼ばれる。

近江八景のひとつである「三井の晩鐘」でも知られている。

   三井晩鐘

盃に片破ハなし花の鐘


大門(仁王門)


宝徳4年(1452年)、建立。

慶長6年(1601年)、家康によって現在地に建てられた。

重要文化財である。

金堂


慶長4年(1599年)、建立。

国宝である。

本尊弥勒菩薩が安置されている。

元禄元年(1688年)、其角は園城寺に遊ぶ。

   園城寺

からびたる三井の二王や冬木立


金堂左手の蓮池に芭蕉の句碑があった。


三井寺の門たたかばやけふの月

出典は『雑談集』

元禄4年(1691年)8月15日、義仲寺の月見の句会で詠まれた句。

唐の詩人賈島の「鳥 宿 池 辺 樹   僧 敲 月 下 門」がある。

平成6年(1994年)、芭蕉三百年忌に建立。榊莫山、揮毫。

三重塔


重要文化財

唐院潅頂堂


重要文化財

観音堂


西国三十三所観音霊場巡礼の第14番礼所である。

元禄2年(1689年)、再建。

 安永3年(1774年)4月、井上士朗は三井寺に参詣している。

三井寺にまふつ

   茂り葉や三井の佛の光りさし
   士朗


 享和元年(1801年)3月9日、大田南畝は大坂銅座に赴任する旅で三井寺を訪れている。

塔有。これ唐院也。右に鬼子母神あり。むかひに大きなる堂あり。これ金堂也。その側の井はいはゆる御井にして、三井とも閼伽井ともいふ。天智・天武・持統三帝の産湯に用ひし水なるゆへに、御井とはいへりとなん。


 文化元年(1804年)、鶴田卓池は三井寺で句を詠んでいる。

 三井寺にて

見る度におとろく鳰の湖辺哉


 明治23年(1890年)8月31日から9月6日まで、正岡子規は三井寺観音堂前の茶屋に閑居。

つぐの朝三井寺にうつるに湖山一望の中にありて閨の中よりも猶全景を見得べし 晩鐘は頭の上にとゞろき歸帆は足の下に走る 石山瀬田は右の山にかくれて見えず比良堅田唐崎の松は左のかたにおぼろげに望むべし 我住居は觀音堂前の茶屋にして考槃亭と名<づ>く


 昭和28年(1953年)8月、中村草田男は帰郷途次、三井寺を訪れた。

   三井寺にて

寺清水もつれ流れて末濁らず

露の鐘鳴るとき母よ子を信ぜよ

國の勢ひは山々へ退(の)き蝉の寺


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