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蔵王温泉から西蔵王高原ラインを通り、国道286号を経由して山形自動車道路に入る。 |
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元禄2年(1689年)6月9日(陽暦7月26日)、芭蕉は月山から湯殿山に下った。 |
| 語られぬ湯殿にぬらす袂かな | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 湯殿山銭ふむ道の泪かな | 曾良 |
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元禄9年(1696年)、天野桃隣は月山から湯殿山奥院を参詣し、句を詠んでいる。 |
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早天湯殿奥院へ詣ス。諸国の参詣、峯渓に満々て、懸念仏は方四里風に運び、時ならぬ雪吹(ふぶき)に人の面見えわかず、黄成息を吐事二万四千二百息。 ○大汗の跡猶寒し月の山 ○山彦や湯殿を拝む人の声 曽良登山の比 ○銭踏て世を忘れけり奥院 |
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元禄10年(1697年)、広瀬惟然は湯殿山を訪れて句を詠んでいる。 |
| 湯殿山にて |
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| 日のにほひいたゞく穐の寒さかな | 惟然 |
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享保元年(1716年)7月16日、稲津祇空は常盤潭北と奥羽行脚。湯殿山神社に参詣している。 |
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十六日、湯殿に参る。日ほからかなり。 |
| 合掌に人は朝日のおとりかな |
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| 滑川の裏や銭道きりきりす | 北 |
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延享4年(1747年)、横田柳几は陸奥を行脚して湯殿山を訪れている。 |
| 湯殿山 |
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| 雪踏てあつき涙の湯殿かな | 柳几 |
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寛政3年(1791年)5月13日、鶴田卓池は湯殿山から月山に登る。 |
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湯殿山迄八十丁 湯殿山大権現本地大日如来 此山中落たる物ヲ 取事叶ハズ 参詣ノ者ノ賽銭土砂ノ如クアリ 月山ノ頂迄三里 月山大権現本地阿弥陀仏 湯殿山ヲ恋ノ山と云 恋の山しげき小笹の道分てわけて入初るよりぬるゝ袖かな 恋の山入てくるしき道ぞとは踏染てより思ひ知りぬれ 翁ノ吟 かたられぬゆどのにぬらすたもとかな 曽 良 ゆどの山銭ふむ道のなみだかな 翁ノ吟 雲の嶺いくつくづれて月の山
『奥羽記行』(自筆稿本) |
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大正14年(1925年)8月21日、荻原井泉水は「江湖のために」湯殿山のことを書いている。 |
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それから、参拝者の誰もがするように、御神体たる霊岩の上を踏んで、温泉に足袋をぬらしつつ、その岩の頂きまで登った。温泉はそこの小さな穴から、ふつふつとして湧出て、かなり熱いのである。
『随筆芭蕉』(月山を下る) |
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平成17年(2005年)10月1日、朝日村は鶴岡市、藤島町、羽黒町、櫛引町、温海町と合併し、鶴岡市となった。 |
