高浜虚子の句

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昭和5年

五月五日。品川寺の梵鐘、亜米利加に渡りゐたりしもの久しぶり
にて寺に帰る。其鐘供養あり。

 座について供養の鐘を見上げけり

 山伏は貝を吹くなり鐘供養

 町人の来てはつくなり鐘供養

五月二十三日。たかし庵、鎌倉俳句会。

 山吹の花をしまひし茂かな

七月十三日。旭川、鍋平朝臣等と高野山に遊ぶ。

 雲のみね動き居るなり森の上

 炎天や女人堂より下り坂

 虻入りてかくれ了せぬ花擬宝珠

 這入りたる虻にふくるゝ花擬宝珠

 炎天の空美しや高野山

 鐘鳴つて蜩なくや高野山

八月二十七日。第一回武蔵野探勝会。府中の欅並木を観る。

 秋風や欅のかげに五六人

 秋風や欅に凭れかくれをり

 秋風や相顧みて人小さし

白髯神社

 秋晴や岬の宮の御神事

 並びたる祭の祢宜の赤素袍

 松かげの石灯籠や宮の秋

十月二十三日。筑前香椎宮参拝

 椎の露香椎の宮に来りけり

 うつむいて草じらみとる袴かな

 折りもちし茱萸の花捨て惜みつゝ

十月三十一日。鎌倉俳句会、たかし庵。

 木の下に落る木の実を待ちにけり

 秋風のほしいまゝなる外面かな

十一月五日。出雲松江に在り。

 時雨るゝや明り窓ある応接間

十一月九日。武蔵野探勝会。埼玉県野火止、平林寺

 芒分けて行く人見えずなりにけり

 龍膽も踏みしだきあるところかな

 かけ置きし蝙蝠傘や栗林

 智慧伊豆の墓に俳句が詣りけり

 末枯の草に坐れば温き

 草じらみ帽子につけて出で来る

 末枯に餅なげ食ふ遊山かな

 青竹を渡して菊を支へけり

 つく杖の先にさゝりし朴落葉

昭和6年

二月二十五日。武蔵野探勝会。府下浮間ケ原。

 乾きたる土の上なり残る雪

 草を焼く焔の先に残る雪

三月二十一日。武蔵野探勝会。青梅梅林。

 一匹の鴬ゆるく啼いてをり

 しよひ梯子ひつかけあるや梅の枝

 繭買うてぶら提げをるや梅見人

 多摩の山左右に迫りて梅の里

四月二日。土佐国高知に著船。

 舟すゝむまゝに浦戸のさくらかな

国分村に紀貫之の邸址を訪ふ。

 土佐日記懐にあり散る桜

 遠のけば愈赤きさくらかな

 たんぽゝに楮干したり道のはた

 老松に桜咲きたる旧家かな

四月三日。室戸岬行。

 山橋を現れ来る遍路かな

 春潮や網の中なる舟一つ

 網の上漕ぎ過ぐる舟や春の潮

 遍路の子五形花摘んで送れをり

 杖ついて車よけをる遍路かな

 春潮の騒ぎて網を曳くところ

 両の手に杖をつきをる遍路かな

 遍路又現れ来る花菜かな

 桑の芽や見えはじめたる遍路笠

 稀にある逆の遍路や室戸道

 岩の間に人かくれ蝶現るゝ

 榕樹林中に椿の林あり

 龍巻に添うて虹立つ室戸岬

 一帯に榕樹の落葉許りなる

 龍巻も消ゆれば虹も消えにけり

 沖の方曇り来れば春の雷

 春雷や室戸岬なる貴賓館

四月四日。高知城内俳句会。

 春の水樗も家も映りをり

 春水を転た湛へてお濠かな

四月五日。五台山麓句会。

 西吹いて桜ちるなり五台山

 風吹いて木の芽ふくらむ思ひかな

 青梅の尖に刺あり柔し

小歩危を過ぐ。

 行手なる日の落ち方の山桜

四月六日。和歌ノ浦に渡る。

 花ありて長き土塀や紀三井寺

 海苔を買ふ三断橋のたもとかな

 女漕ぐ海苔舟ばかり和歌の浦

 海苔舟の女坐りて棹しぬ

四月七日。三室戸寺

 落椿くゞりて水のほとばしる

 花冷の参詣人も少かり

 花冷の汁のあすきを所望かな

七月三日。日光行。

日光街道

 小百姓埃の如き麦を刈る

華厳の滝

 大滝や五郎兵衛茶屋の軒端なる

歌の浜

 子供等や深山黄蝶に遊び居る

竜頭の滝

 滝茶屋の白樺細工不器用な

 鮓の飯いさゝか黒ししかれども

 白き蝶滝より飛んで白樺に

戦場ケ原

 綿菅の中に佇むわれらかな

茶店より運び来りて

 戦場ケ原の真中に籐椅子置く

湯滝

 大木は皆桂なる湯滝かな

 滝茶店の主のヅボン破れをり

七月四日。日光湯の湖にあり

 七月の蜥蜴が居りけり山の池

 山蝶の赤きは朱より赤きかな

十一月二十三日。高田雑司ヶ谷亀原、高野素十新居を訪ふ。

 客主連れ立ちかへる落葉かな

 栗むいて指切りたるもをかしけれ

十一月二十七日。鎌倉俳句会。戸塚、親縁寺にて。

 独楽赤し銀杏落葉に廻りをり

十二月六日。武蔵野探勝会。川越、喜多院

 団栗を掃きこぼし行く帚かな

 落葉踏んで行けば鉄條網のあり

 よく響く小鳥の声も人声も

昭和7年

九月十五日。放送局主催中継放送句会。百花園

 ほつほつと屋根ぬれそめし月の雨

 歌により句にこぞりたる雨月かな

 月無しと極めて芙蓉の花に立つ

十月八日 松江

宍道湖畔を行く。郷里松山あたりと同名の柿のたわゝになりたる
多し。

 なつかしやさいじよう柿ときくからに

八雲旧居を訪ふ。

 くはれもす八雲旧居の秋の蚊に

昭和七年十月九日。松江を発ち大山に向ふ。

大山登山。

 秋風の急に寒しや分の茶屋

十月十日。美保ケ関

 鰯船いつまで淦(あか)を汲んでをる

 石崖に荒れてゐるなり秋の潮

十月十一日。美保ケ関を発ちて鳥取に向ふ。

米子駅にて汽車を待合す間、駅前茶店の一と間にて小句会。

 とりあへず末枯の庭あればよし

鳥取砂丘

 秋風や浜坂砂丘少し行く

十一月六日。武蔵野探勝会。真間手古奈堂

 草枯や泣いてつき行く子ははだし

 末枯に大工散らばる普請かな

昭和8年

一月二十九日。武藏野探勝。大宮氷川公園、含翠園。

 霜解の道返さんと顧し

四月九日、大阪より乗船。串本港に上陸。潮岬灯台に至る。

 桑の芽や潮崎村は富めりとぞ

 燈臺を花の梢に見上げたり

 春潮の潮岬や舟しわる

四月十日。那智の滝に向ふ。

 神にませばまこと美はし那智の滝

那智神社。

 鶺鴒が枝垂桜にとまりたる

青岸渡寺

 春雨の靄の中より那智の滝

 鬢に手を花に御詠歌あげて居り

常盤屋。

 那智の滝の流の末の美人茶屋

北野天満宮

 御神輿の宮に還幸夕ざくら

六月二十日。鎌倉俳句会。戸塚、親縁寺

 山間に停車場ありて田植かな

七月二日、武蔵野探勝会。国府台、弘法寺茶店。

 木々の根の左右より迫る木下闇

 干魃のの池のほとりの百姓家

八月十六日。北海道行車中吟。

 芋を作り煙草をつくる那須野かな

八月十七日。青函連絡船松前丸船中。

 夏雲や島かと見えて陸つゞき

 見えて来し北海道や夏の海

 秋風の津軽海峡浪高し

 船涼し己が煙に包まれて

噴火湾

 放牧の馬あり沢に太藺あり

 鰯焚く漁村つゞきや秋の浜

八雲附近。

 秋風や秣の山の果もなく

八月二十日。此夜、層雲峡層雲閣泊。

 石狩の水上にして水澄まず

 石狩の源の瀧先づ三つ

八月二十二日。此夜、弟子屈、青木旅館泊。

阿寒湖の暁。

 虹立つや湖畔の漁戸の両三戸

 バス来るや虹の立ちたる湖畔村

阿寒湖舟遊。

 毬藻見に又来る舟や秋の湖

 火の山の麓の湖に舟遊

 藻に乗りて我蛇舟を見送れり

 大島といふ島もあり湖の秋

八月二十三日。此夜、釧路港、近江屋泊。

朝、青木旅館を出でゝ散歩。

 弟子屈や温泉(ゆ)を掘る原の鳥甲

屈斜路湖舟遊。

 山の湖の恐しうして舟遊び

 秋山の美幌に越ゆる道見ゆる

シヤリ岳を望む。下は一面に高山植物の花野なり。

 這松に深山つゞじのある許り

釧路港を見る。

 露領より帰りし船と鮪船

 屈強の裸の漁夫の汗光る

 灯台は低く霧笛は峙てり

夢屡驚く。

 夜もすがら霧の港の人ゆきゝ

八月二十九日。花巻温泉、松雲閣。

七つ葉は北海道に限りたる花なりと聞きしに。

 七つ葉は岩手の山の麓にも

 みちのくに戻れば道の子は裸

花巻温泉句会

 温泉(ゆ)疲れも快きかな萩の花

 秋天や羽山の端山雲少し

釜淵公園

 岩刳つて作りし瀧の如くなり

十月一日、武蔵野探勝会。常陸鹿島神社行。

 秋日和舟で弁当食ふとせん

 山裾に稲架(はさ)畳みたる如くなり

 山裾に家かたまりて稲蓆

 目つぶりて野山消え去り曼珠沙華

十二月三日、武蔵野探勝会。立川、普済寺

 真黄なる蝶現れて冬日和

 手をかざし西に傾く冬日見る

 日向ぼこしてゐて根太なほさばや

昭和9年

同日。還暦自祝の句を作る。

 六十の寒が明けたる許りなり

 春立つや芝居にもある賀の祝

 春や昔賀の祝する白太夫

 還暦の春や昔の男なる

二月四日、武蔵野探勝会。向島百花園

 四阿の屋根に雪あり枯木中

 下駄の雪はたけば杭の動くなり

上野に行く。

 鴬や伊賀の山路をほそぼそと

愛染院芭蕉故郷塚

 故郷塚ひそかに桜咲いてをり

牡丹会。中村公園にて。

 松の下つゝじの上の桃の花

 ひそやかに花見弁当うちかこみ

九月二日、武蔵野探勝会。浅草、伝法院

 額だけ見え居る彼や萩の花

 枝折戸をくゝれる縄や萩の雨

十二月二日、武蔵野探勝会。遊覧自動車にて東京見物。四谷見附
附近の濠の土手。

 この土手は日向ぼこりの名所かな

招魂社

 参拝を終りてすぐに懐手

泉岳寺

 香煙のうづまく小春日和かな

 短日の駒形橋を今渡る

昭和10年

二月三日、武蔵野探勝会。千葉、千葉寺。加賀谷凡秋居。

 雪片の流れ止まる玻璃戸かな

三月十四日。七宝会。芝公園、弁天池茶亭。

 神あれば拝し且行く春の人

 ころびたつ子に鳩のたつ春の風

 御霊屋にちりばめ咲ける椿かな

 春の山増上教寺聳えたり

四月二十五日。風早西の下に句碑を見、鹿島に遊ぶ。伊予松山、
黙禅邸、松山ホトトギス会。

 ぼうたんを褒めて鹿島にわたりけり

 重き荷を負うて遍路のかゞみ行く

 鹿の峰の狭き縄手や遍路行く

 道のべに阿波の遍路の墓あはれ

 島々に取り囲まれて春の海

四月二十六日。石手寺、湧ケ淵(わきがふち)吟行。

 線香の煙にあそぶ蝶々かな

 山藤に大きな虻や淵の上

鹿笛句会。東山、金福寺

 落椿ころげ出でたる垣根かな

 屋根替の指図までする尼の君

 詩仙堂より金福寺まで落椿

六月二日、武蔵野探勝会。横須賀軍艦見学。

 昼寝する水兵をな驚かしそ

 水兵の釣床を見てふと悲し

明石城吟行会。中崎、衝涛館にて披講。

 豊かなる水の流や墨とんぼ

 川水に映り羽ばたく墨蜻蛉

 鶺鴒と石蕗と映れり城の壕

 明石城裏壕の溝蕎麦あはれ

人丸社

 神とはに見る朝霧の明石の門(と)

九月二十日。家庭俳句会。目黒不動前。大国屋。

 一棟の昔のまゝや秋の風

 鳩一羽つかまへ放す茶屋の秋

 栗飯を食うて帰るもこゝの情

十月二十五日。鎌倉俳句会。長谷、光則寺

 一時の心落つき夜長かな

 秋日和崩れるらしく南吹く

十二月一日。武蔵野探勝会。練馬、東高野

 肥かける音も聞ゆる畑の冬

 蓆囲ひして大根を洗ひをり

昭和11年

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