2009年神奈川

横須賀〜ヴェルニー公園〜
indexにもどる

JR横須賀線横須賀駅前の横須賀市汐入町にヴェルニー公園がある。


1865年、ヴェルニー来日。横須賀製鉄所建設。

1869年、観音崎に日本最初の様式灯台を設置。

開港碑


昭和25年(1950年)5月、設置。

小栗上野介忠順(ただまさ)


小栗上野介忠順(1827〜1868)

 日本初の遣米使節をつとめ、外国奉行や勘定奉行など徳川幕府末期の要職を歴任し、フランスの支援のもと横須賀製鉄所(造船所)建設を推進した。軍制の改革、フランス語学校の設立など日本の近代化に大きく貢献したが、大政奉還後に徹底抗戦を主張したため役職を解かれ、領地の上野国権田村(群馬県倉淵村)で官軍により斬首された。

正岡子規の句碑


横須賀や只帆檣の冬木立

『寒山落木 巻四』(明治二十八年 冬)所収の句。

昭和2年(1927年)、高野素十は横須賀を訪れている。

   横須賀軍港

初凪や艪をおすも亦一兵士

『初鴉』

護衛艦「ひゅうが」


ヘリコプター搭載護衛艦である。

 昭和10年(1935年)6月2日、高浜虚子は武蔵野探勝会で横須賀軍港へ。星野立子山口青邨富安風生等同行。

 所……横須賀軍港

 お庭拝見、お茶室拝見――と言つたやうなつもりで、横須賀軍港に出かけて、帝国軍艦を拝見させて頂いた。花鳥諷詠の輩、軍国多事の際、そんな暢気なことでいゝのだからうか――人はさういふかも知れない、そこで私は答へる、いやいや風流はいつの世に於ても、何処の地に於ても必要だ、軍艦の人々もたゞの朴念仁ではない、くろがねの船の中に居ればこそ風流も必要であらう。三十年のむかし敵艦を前にして折柄の月明に乗じ浪々一管の竹を吹いて海上に風流をやつた艦長があつた。「天気晴朗なれど濤高し」――何と風流な報告であらう。風流こそは大和心の反面なのだ、鬼神をひしぐ勇気も、慈悲惻隠の情も同じ源かた発してゐるのだ、一片の風流こそはわが日本人の心なのである。

『武蔵野探勝』(軍艦諷詠の記)

六月二日、武蔵野探勝会。横須賀軍艦見学。

 昼寝する水兵をな驚かしそ

 水兵の釣床を見てふと悲し


 六月二日。武蔵野探勝会。軍艦比叡を見学。「つるぎ
ざき」といふ昨日進水したばかりの新艦も教へられる。
見るもの見るものみんな面白いのだけれど、句にはなら
ない。殊にどんどん歩かなければ話はきかれないし、説
明をきかなければつかみどころがないしするので閉口す
る。暑いばかりだつた。

  日が暑し後艦橋の蔭に居る


 昭和10年(1935年)6月、潜水母艦「剣埼」進水。
 昭和14年(1939年)1月、竣工。
 昭和16年(1941年)12月22日、航空母艦として竣工。「祥鳳」と改名。
 昭和17年(1942年)5月7日、珊瑚海海戦で撃沈された。

   横須賀軍港見学

浪涼し航空母艦横はる

夏の潮ランチに移る時蒼し

『十三夜』

2009年神奈川〜に戻る