高浜虚子の句

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昭和31年

板谷峠を越ゆる

 稲舟の最上の川の水上ぞ

 天童に浴みせりけり明日は羽黒

 二万石の城下なりける田植かな

猿羽根峠

 夏山の間の湖水は最上川

 最上川左右に夏山迫り来て

 夏山の襟を正して最上川

 白糸の滝も眺めや最上川

 最上川鮭簗といふもの掛かり

駕籠にて羽黒に登る

 駕籠二挺守らせ給へほとゝぎす

 二千五百級の石段ほとゝぎす

 手を当てぬ一千年の大夏木

 羽黒なる出羽の神や明易き

 俳諧を守りの神の涼しさよ

別に祈願といふものなし

きのふの事けふの事皆神涼し

 何事も神に任せて只涼し

 大杉の又日を失し蔓手毬

十月四日 金沢、高木を訪ふ 松風閣にて句会 「河北潟」一見

 蘆葺の舟小屋ありて蘆の間

 ちよと舟の艪を取り持ちて蘆間より

 暁烏文庫内灘秋の風

前日金沢大学にて暁烏文庫を一見せり
十月六日 比叡山滋賀院 祖先祭

 旅の風邪いたはり乍ら力(つと)めけり

 石崖に噴き出してをる彼岸花

十月七日 関西稽古会、第一回 近江堅田祥瑞寺 途に走井月心
寺に立寄る

 秋晴の琵琶湖の水を見て飽かず

 秋風や独潭和尚健在なりし

稽古会、第二回 堅田、余花朗邸

 秋晴の第二日目や湖に浮ぶ

 秋水に石の柱や浮御堂

昭和32年

四月五日 金沢行 妙高附近

 芝の上せゝらぎを立て雪解水

 雪残る村の小家を打ち囲み

四月六日 前夜高木泊 畠山招宴、謡会 金沢鰐甚

 春暁の時の太鼓や旧城下

 広庭の真中に井戸や花馬酔木

四月九日 福野行

 浅野川雪解の水の波立てゝ

 亘りたる山々よりぞ雪解川

 立山の其の連峰の雪解水

 この旅や故人の墓に皆無沙汰

 加賀の国越中の国雪解川

福野、篠塚半木邸

 紅梅を愛で残雪の庭に立ち

 残雪の溶けつゝありぬ苔の庭

 此庭や樫の落葉のとこしなへ

四月十一日 松任在北安田、明達寺。松任、聖興寺 金沢、浄誓寺を訪ふ

 嘗て手を握りし別れ墓参り

 旅こゝに序参りの千代の墓

「東山」新発行所を得、橙重に贈る

 東山西山こめて花の京

 虹立ちぬ女三人虹五色

 愛子の虹消えて十年虹立ちぬ

 十年になりぬ三国の虹消えて

 小説の虹の空しき如くなり

五月二十九日 新潟著、橋本春霞居俳句会 春霞招宴

 しわしわと鴉飛びゆく田植かな

 ごぼごぼと長靴はきて早苗取る

 夏霞佐渡見えるとか見えぬとか

 早苗取る手許見に行く俳諧師

十月二日 京都東山橙重居 知恩院の句碑を見、橙重庵の句碑を
見る 立子と共に

 秋晴や京の町行く京女

 秋の雲浮みて過ぎて見せにけり

 敷石のつゞく限りや萩の散る

 青竹の手摺が出来て水を打ち

十月四日 敦賀行 立子と共に

 萩やさし敦賀言葉は京に似て

 尊さや気比の宮原粧へり

気比の松原

 松原の続く限りの秋の晴

 籐椅子置き気比の松原歩きもし

 静かさやあるかなきかの秋の波

十月五日 芭蕉の遊びたる色ケ浜に遊ぶ

 萩ちぎり羚羊にやり遊びけり

 二村は刈田二枚に三世帯

 海老を干し且稲を干し名古の浜

色ケ浜本隆寺 芭蕉忌法要

 住居とも見ゆる寺あり稲架けて

 二三杯温め酒に色の浜

 うまかりし鰆のさし身忘れまじ

 われが来て繰り上げ修す芭蕉の忌

 芭蕉忌を繰り上げ修しくるゝとか

 この寺に芭蕉を描く忌日かな

 芭蕉忌の燭の芯剪る坊が妻

 甲斐々々し簡単服で坊が妻

 稲刈を休み佛事の太鼓打ち

 掌にますほの小貝萩の塵

 芭蕉忌やますほの小貝拾ひもし

 秋風にもし色あらば色ケ浜

十月七日 柳原極堂死す(陰暦八月十四日 子規の逝きたるは同じく陰暦十七日なりし)

 十四日月明らかに君は逝く

昭和33年

四月十四日 白糸滝を見る

 芝川の滝の流れに海苔生うと

 白糸の滝の陰晴常ならず

 白糸の滝荒れてきぬ風出でゝ

 音止めの滝の裾なる虹二重

 滝見茶屋蝿二三ゐて親しけれ

四月二十六日 板付より直ちに山越えにて飯塚に行く 斐川東道
 北代邸泊

 寺々に殘る花あり新四国

 懐しき遍路に逢ひぬ新四国

 懐しき遍路のことをインタビウ

 この旅や残る桜の新四国

四月二十七日 甘木秋月の句碑除幕に列し、門司行 二十八日
 関門トンネル開通祝賀句会列席の為め門司、岡崎旅館泊り

二十八日 夜汽車帰東

 春雨の朝湯を出でゝ旅のやど

 老いて尚雛の夫婦と申すべく

五月二十六日 川崎大師、句会

 薔薇の花少くなりし薔薇の門

 かりそめに人人らしめず薔薇の門

本堂改築竣工

 金色の涼しき法の光かな

七月二十日 午前、第二回

 円座五つありて涼しき五人かな

 歯塚とはあらはづかしの落葉塚

 我生の七月二十日歯塚立つ

 山寺は唯一陣の青嵐

 我生をぬりつぶしたる青嵐

歯塚

 楓林に落せし鬼の歯なるべし

午後、第三回

 屋根に生ふ草も此世の命かな

昭和34年

一月二十二日 鎌倉探勝会 虚子庵

 客旁午一月二十二日かな

句佛十七回忌

 獨り句の推敲をして遅き日を

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