2006年下 町

伝法院〜庭 園〜
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浅草寺から伝法院へ。

伝法院

台東区浅草2丁目3番 浅草寺

 伝法院は浅草寺の院号で、住職の居住する本坊の称号に用いられている。諸建物のうち、客殿・玄関・使者の間・大台所の一部は、安永6年(1777年)の建造である。そのうち客殿には本尊阿弥陀如来像を安置し、6月の山家会(伝教大師の忌日法要)、11月の霜月会(天台大師忌日法要)をはじめ、個人の追善供養、寺内僧侶の修業などが行われる。

 建物の背後には、大泉池を中心とする廻遊式庭園があり、江戸時代初期の築造といわれ、池畔には、至徳4年(1387年)在銘の梵鐘や京都表千家の不審庵を模した茶室天祐庵がある(非公開である)。

 平成8年3月

台東区教育委員会

茶室天祐庵


 天明年間に尾張名古屋の茶人牧野作兵衛が京都表千家の茶室「不審庵」を模して作られたもの。大正5年に向島の徳川圀順邸、同12年に上目黒の津村重舎邸に移築された。 直後の大震災まぬがれ、「天祐庵」と名付けられる。さらに戦災をまぬがれ、昭和33年10月、伝法院に移築された。

津村重舎は現ツムラの前身である津村順天堂の創業者。

大泉池


小掘遠州の作と伝えられている。

庭園に面した大書院は明治後期の建築。

枝垂れ桜


まだ2分咲きといったところ。

   浅草伝法院 二句

エノケンも心にありて萩に彳つ

玉木座の看板しこに葛高し

『十三夜』

昔ながらのゆがんだガラス


 伝法院は一般に非公開であるが、昭和32年(1957年)11月13日、久保田万太郎文化勲章受章祝賀会が伝法院で開催された。また昭和33年(1958年)5月4日には『鶴』復刊5周年記念大会が伝法院で開催されている。

昭和37年(1962年)、仲秋名月の夜久保田万太郎は伝法院にいた。

   仲秋名月の夜、たまたま淺草傳法院にあり
   (二句)

名月や傳法院の池のぬし

名月やあけはなちたる大障子

『流寓抄以後』

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