岩間乙二



乙二の句

日のあれて尾花に落る伊達の木戸


なつかしやうめの咲ころの土佐日記


なつかしや梅の咲ころの土佐日記


夏書せん弦なき琴の裏おもて


榾の火に影なくなりぬ壁の月


花一村おし出す山の東かな


鼠くふ衣つゝくる花うれし


粟まくやわすれすの山西にして


短夜や満月かゝる端山かな


露ちるや朝のこゝろの紛れ行


   大くま川にて

水鳥の嘴にかゝれり暮の浪

露ちるや朝の心のまきれゆく

海苔のよる渚も過(き)ぬ馬のうへ


川風のさらば吹こせ梅のうへ


短夜の満月かゝる端山かな


けふとても秋風ふきぬ菊の花

日の暮ぬものにしてをけ梅の花


木のほやも霞残さぬ夕かな


   十四日 午の刻ヨリ雨

故郷にくらぶればちる桜哉

『文化句帖』(文化元年3月)

夕だちのすはや心の深山めく


菊を見て年より玉へたつ田ひめ


春雨や木の間に見ゆる海の道


   はいかいの古人たちを
      供養することのありて

置露の菊勧進にではやな


松嶌の町家のうらや梅のはな


かけのほる背戸山あれや秋の月


家ありときくも寒しや山の影


鹿はらめおのがすむ野の木瓜を見て


鳥ともの宿かし鳥もしくれけり


大風の紫苑見て居る垣根哉


へなたりをへなへなと吹柳かな


蚤のあときゆるまで見ん筑波山


むしろ帆の行より寒し来る姿


すゞしさや願のいとの吹たまる


   松前にわたらんとして舟をまつとき

思ふにも波をしほ(を)りの月よ哉

散事を忘れず萩の少づゝ

水かけて明くしたり苔の花

夕げしき鵜の足水にはじまりぬ

へなたりをへなへなと吹柳哉

寒空や筏にのせし鍋の迹

時雨けりほちほち高き竹の節


投込で見たき家なり笹粽


古里にくらぶれば散る桜かな


水音やこんな奥には菊と家


小坊主は風もひかぬやちる木の葉


投込で見度家あり笹粽


我丈に余りて淋し女郎花


降雨に位つけたりほとゝぎす


きくをみて年より給へ龍田姫


そこらうちいひ合せてやとぶ螽(いなご)


   光堂

露の身に明りさしけり堂の隅


   あら海や佐渡に横たふとありし
   翁の吟も、此地の哀れにくらふれは、
   なかなかものゝ数ならて

こさふくもこゝろもとなしあまの河


   芭蕉忌

寂しさの冬の主かな我仏


(あす)も降とてけふも降しぐれ哉


水かけて明るくしたり苔の花


かけ登る背戸山あれや秋の月

松のなき世ならば何とあきの月


山の月あられ盈(こぼ)した顔もせず


蝶鳥や死ぬ日が先になる仏


菜の花の中や手にもつ獅子頭


みじか夜の満月かゝる端山かな


土筆(つくつくし)風の小松もうらやまず


芦ばかりつらし師走のすみだ川

都鳥なるれば波のかもめかな


初夢や追れて歩行須磨の浪


朔日の禮からいふや今朝の秋


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