白 老
『世美冢』
吾友白老法師こゝにかくれすむ事年あり。此お山の花ちり、わか葉にうつれる頃より、なは蝉・うませみ・寒せみ・日ぐらし・くつくつほうしなど、耳もとにかしがましきをきくにも、これらの虫の春秋をしらぬもあはれに、かつ觀念のたよりともなりぬべしとおもひそめしより、はせをのおきなの句に感ずる所ありて、やがて石のおもてにかの句をゑり付て、まうでする人々にも、しりがほにしてしらぬなり、とよめる無常の心をもおどろかさむとなり。 |
はせを |
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やがて死ぬけしきはみえず蝉の聲 |
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何わすれ草あかあかと咲 | 白老 |
むら雨の臼十ばかり月さして | 一茶 |
秋のはじまる番袋かな | 老 |
霞む日や田中の松も祭らるゝ | 雨十 |
おてらわかしよとやまふいははな |
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はさゑともみやならぬと高くうた |
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ひ、麥つくも鄙のむかしぶりとや |
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夕すゞみ蛙まじりの蟹の足 | 砂明 |
藻の花やありたけ伸す馬の首 | 里丸 |
亡人女 |
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庵の夜をくるりくるりと螢かな | 花嬌 |
冬枯の背戸にかけたる鵜繩哉 | 一瓢 |
青芒不二の烟りの根がはへて | 郁賀 |
青あらし淡路の島の鷄うたふ | 鳥周 |
大礒や小磯の波も卯月めく | 杉長 |
しもつふさ |
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ひたひたと潮にとらるゝ清水哉 | 雨塘 |
三日月は高野聖の背屓行 | 兄直 |
星合の沙汰も明行楸(ひさぎ)かな | 素迪 |
みちのくへ行を送りて |
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亡人 |
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松しまにいふて下され我老ぬと | 恒丸 |
露の世と見えてさつさと蓮の花 | 車兩 |
入梅も終わるかはきや猿すべり | 護物 |
名月や晴ての後の氣草臥 | 午心 |
花見てぞおもへ椿の咲どころ | 完來 |
八条の薄垣くゞる十夜かな | 素玩 |
晝顔や二尺すさらば山の影 | 對竹 |
梓にもかゝるべらなり雨の鴫 | 一峨 |
胡麻三粒はねても嬉し霜の朝 | 一瓢 |
梵論の行ふもとしづかに落葉哉 | 巣兆 |
蕣(あさがお)に寄麗な人や髭宗祇 | 道彦 |
淺草やすゑは稲葉にみかの月 | 成美 |
むさし |
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山茶花や三日月過の鳥のこゑ | 寶水 |
とても行年なら春もしかるべし | 星布 |
椎の戸や昼の椿の落るおと | 利角 |
嬉しくて耻しきものは炭だはら | 洞々 |
此雨をたのまずとても梅の花 | 鷄(雉)啄 |
七夕のさゝ水いはへ孕牛 | 他阿 |
名月や老を名のりて高笑ひ | 葛三 |
しなの |
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寐て起て手柄がましや今朝の秋 | 素檗 |
山里やいかい事ある冬の空 | 嵐外 |
なかなかに人と生れて秋の暮 | 一茶 |
ひたち |
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笠おけば草のうへよりあきの風 | 由之 |
假初に見て行人や花すゝき | 隨和 |
椴の木に蜩啼て日の暮し | 掬明 |
案山子にはなられじと泣和尚哉 | 冥々 |
花ざかりおもひ出しては風のふく | 雨考 |
園へ散松葉踏ても深山めく | 曰人 |
宮城野にて |
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降はづの雨にあひけり萩の花 | 雄淵 |
大寺や疊に遊ぶはるの鳥 | 巣居 |
友ほしき日も九ッや松の花 | 平角 |
降雨に位つけたりほとゝぎす | 乙二 |
草まくらはるかにたのめてし信夫 |
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山も雨につゝまれて、月のあすも |
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いはざりければ |
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柿ぬしのむしろたてたる苅穂哉 | 幽嘯 |
嬉しさを包む艸ならかきつばた | 可都里 |
名月をうしろに庵の曲突哉 | 玄蛙 |
筑波へものぼるこゝろか蝸牛 | 閑斎 |
はつ雪のおとついは雪の見もの也 | 一艸 |
春の日は毎日ながら惜みけり | 升六 |
梅ぬる(マゝ)む人はおほかた月夜哉 | 岳輅 |
亡人 |
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柳青し水長し笠を手に提て | 士朗 |
しら波の上まで露の夜明かな | 樗堂 |