小蓑庵碓嶺

『さらしな記行』


 文化14年(1817年)8月11日、中村碓嶺は旅立。軽井沢まで柯雪が同行。8月15日、虎杖庵を訪れ、姨捨山で観月。10月29日、草原庵に帰る。

文化十四年丑の秋、鴫たつ沢に草枕して浪ふく風の音には須摩(磨)・明石の夕を思ひ、露もふき散る松風の声には道の辺の秋恋しく、更級や姨捨山の月見ん事を思ひ立し日はふみ月も末の八日の事にぞなんありぬ。

月や思ふ浪にまくらを置そめて

いつの間に打しぞ月の旅衣
   可磨

姨一人泣た月見て痩て来よ
   金令

八月十一日旅立暁に、

   あれまさる宿と言はれよ留主の秋

信濃の柯雪を柱杖とするの日あれば渠(かれ)またわれを柱杖と思ふの夜ありて互にわりなき秋にぞありける。

日暮ても嬉し小松に鶉鳴

なく空の秋を一手や松並木
   柯雪

日暮て鴻巣の宿につく。

十二日、晴天。新町の駅合歓堂を訪ふ。

稲妻や柞(ははそ)も持てばちからなる
   川二

朝より雨降て倉賀野につく。

    胡園へ錦と云事を、

   袖に置露もかざりや身にしみて

十三日、晴天。くらがのゝ舎(やどり)を出て。

明る夜を吹ちらすなよ花すゝき
   柯雪

十四日、同。碓氷嶺にて、

   見つゝ来し雲ゐの秋をふむ山路



啼鳥にもこゝろを驚す旅情はかなきに、此日は柯雪に別れを告て露三亭を出る。末枯(うらがれ)いそぐ浅間根に添ふてゆくゆく小諸の城下を過る。

   かなしさの先だつ秋や不二見ても

去来叟の昔をしたひ、岩端に月待宵の泊り定ん事を旅立日より願ひけるが、旅のつかれけふは昨日に増りければ終に此日は田中と云ふ宿にやどかりて一夜明しぬ。

   明日の夜の見えすく月影ぞ二夜

十五日、昼過るころ虎杖庵に至。

 姨山石上

月と山と思ひあまして月今宵

逢ひ(へ)ばあふものよ此の秋けふの月
   八朗

けふの月全き御代を照らす也
   雉啄

治泉法師の月の句は日記洩たれば

秋の夜の大事になりぬ虫の声
   治泉

此山に月見せん事を亀丈に約しければ十一日なる夜と共に出て、足を空に踏こゝちして、漸(やうやう)月は鏡台山にかゝるころ姨山に登る。亀丈も四五里の道をいそぎて山に来る。逢ふて互の無事をさへ言はず。いとせき筵を木蔭に敷て、昔見し人の記念の月影や姨捨山や今宵の哀れいづれの年、いづれの秋にか尽ん。今宵の興宴いづれの夜にか亦あらん。さらば明日の夜はよしみつ寺に既望(いざよひ)の月を見はやさんとて月にいとま申て山を下る。更て其夜は八代の駅に宿かりて「二人旅寝の頼母敷」など打侘てぬ。

月見るや遊ぶにあかぬ子の心

 姨山に句なし、帰るさに、

姨捨の秋をば月の見せざりし
   亀丈

十六日、晴天。亀丈主して比(毘)沙門堂に会。

   既望や誰が待うけ袴着る



十七日、晴天。しぶ温泉に湯あみせんとて善光寺を出て亀丈を道の栞となして萩によはり芒にふきなぐる日かげを踏で郊外を過る。程なく中野と云所に至、暫くこゝに杖を止て、

   三夜(みよ)さ見し月やいのちの薬もの

しぶ温泉淹流の日ありて一日紅葉を尋。

秋ふるや萩も木になる奥山家
   亀丈

   かる柴の一荷に引や山の露

十八日 薬師堂に登て

   秋遠く晴ても降や山の雨

十九日、晴天。

しづかさにかたよる秋か山の月
   亀丈



廿一日、雨天。湯田中の希杖を訪ふ。

月を見る家に松葉のけぶりかな
   希杖

廿二日、晴天。しぶの湯本を出て石村の寒岳を訪ふ。此あるじはみちのく行脚せし時草に木に分て同じ道に旅寝侘たる周(ちなみ)ありてしばしば語りてこゝに臥ぬ。此二句は其旅中の吟也。

涼しさや翌(あす)のよくには気の付ず
   白斎

尋ばや秋をきのふの白露に
   ゝ

廿三日、晴天。再善光寺至。

廿四日、同。昨日の草臥を泣のみ。句なし。



廿六日、晴天。画工月嶺は出羽鶴岡の人にして酒田の故床庵に在し時は水魚の交に春秋を重し友にぞありけるが、此度上京の道すがらなればとてよしみつ寺に詣づ。深き仏因のありてや此日こゝに再会の筵を敷く。

咲よりも散日の長し萩の花
   月嶺

廿七日、晴天。冬日庵に遊ぶ。あるじの句は

此上のなぐさみはあらじ遠砧
   武曰



九月十二日、晴天。此日朝よりこゝろ常ならねば亀丈亭へ戻る。

十三日、同。善光寺御堂に詣づ。

   姨捨を遠山にして后の月



十六日、晴天。兎に角こゝろすぐれねば病の伽のは昔恋しき人々を算(かぞへ)て秋の哀をこゝろむる。

庖丁のかた袖くらし月の雲
   其角

白鷺の簔ぬぐやうに后の月
   ゝ

平家也大(太)平記には月も見ず
   ゝ

脇差の鞘に霜あり後の月
   正秀

菊の後外に花なし月の影
   支考

かりかけし庵の噂やけふの月
   丈草

名月や向ひの梯屋照らさるゝ
   去来

降兼て今宵になりぬ月の雲
   尚白

影二夜たらぬ程見る月夜かな
   杉風

月ひとり柳散残る木間より
   素堂

楽しさや二夜の月に菊添へて
   ゝ

椋の木のむく鳥ならじ月と我
   ゝ

名月や国侍の俄客
   許六

みそ塩をはなれきつてや秋の月
   ゝ

十六日夜の色をたとはば梅の花
   野坡

后の月ひそかに喰ぬ菊のむし
   ゝ

分別をはなれて海の月夜かな
   露仙
    (川)
青鷺のきめつと啼出すけふの月
   嵐雪

高笑ひ月見る人に見下げたり
   ゝ

名月に犬ころ捨る下部かな
   蕪村

暁はまことの霜や後の月
   青羅
    (蘿)
   陸奥行脚の時、

むさし出て算(かぞ)ふれば月は十三夜
   暁台

明月や人しづまりてあきの月
   百明

後の月長き今年の命かな
   丈芝

后の月雨もなんぞの名残哉
   士朗

山の端をころげて落る月もみつ
   ゝ

雨晴て木の間にうかぶ月夜哉
   ゝ

名月や子日せし野は遠過る
   成美

御寝ならば裾になりなん嶺の月
   巣兆

訪るゝも訪ふも狭筵月一夜
   ゝ

十七日、十九日と日を重ても心よからねば、けふはまた世に在す人々を算て、此日の憂(うさ)をわするゝ。

恥しや泊をいそぐあきの月
   葛三

明日と云ふ月夜はあれど名残哉
   ゝ

名月のさてもおしまぬ光かな
   金令

三日月も見る間あるもの墨田川
   ゝ

かはらぬは嬉しさばかり後の月
   ゝ

かけ登る背戸山あれや秋の月
   乙二

松のなき世ならば何とあきの月
   ゝ

名月や何処にどふして蜀魂
   可都里

姨捨や我も産し国の月
   梨翁

雁も来てきげんとる也山の月
   三津人

名月と住みくらべけり長命寺
   護物

廿日、廿一日と日の過行にこゝろまめやかになりて此日は塩沢の温泉(いでゆ)にあそぶ。

しぐれよぶ鳥の騒ぎや斑邦飛
   亀丈



廿三日、冬日庵に遊ぶ。主の句は塩竈の浦の吟也。春の水の句は其旅中句也。こゝにのせて其昔を思ふのみ。

是までの秋は捨けり浦の月
   武曰

暮る時見えて来にけり春の水
   ゝ

廿四日、晴天。心なやむ所は昨日の雲と明れば、廿五日、亀丈と共に東武へ帰る。

廿五日、空晴やかに川中島にて、

小橋にもかゝる風見て秋の行
   亀丈

横吹より雨降出して上田の宿に暮てつく。

廿六日、晴天。此日に亀丈と別れて廿七・八日の両日は半良亭にあそぶ。

薄雲の氷る月夜となるや空
   半良

廿七日、上田の宿を出て軽井沢露三亭に入。

芋洗ふあたりの柳枯にけり
   露三

山茶花に月吹よせて夜やしらむ
   柯雪

晦日、曇天。同所滞留。

十月朔日、時雨降。碓氷嶺をこゆる。

   枯にけり千とせの松もなきやうに

二日、同。友ふるき故園に遊の今日ありてけふは訪ふ人のあらねば先かみつけの国にしれる作者を算ふ。



廿七日、晴天。故園を旅に東武へ帰る。此日は板鼻宿泊。廿八日、深谷宿泊。

   茶の花の咲にも恥ず日やり旅

廿九日、晴天。草原庵に入る。

   翌を待夜の出来そめて帰り花

霜月一日、晴天。二日、同。三日、同。四日、同。夜に入て訪ふものは、

不二に似た山も嬉しき小春かな
   甲二

翌の日の待遠しさや鵆なく
   米砂

五日、風ふく。六日、晴天。七日、同。八日、晴天。朶々斎を訪ふ。

(寄)生木にやどりさだめて霜の鳥
   也好

九日、同。亀丈江戸よりの帰りとて訪ふ。

破風山の夕かげ引や帰花
   亀丈



十二月二日、晴天。三日、同。四日、晴天。

   訪ふ客は、

さやさやと雨の降也紅葉ちる
   文玉



   追 加

袖笠や去年も是にて蜀魂
   可磨

牛の背のよごれた秋やそばの花
   国むら

眼を明て鹿もねぶるやけさの秋
   菊塢

梅が香の篭(こもつ)た家や八皿酒
   蕉雨

梅ひそひそ匂ふや燭の片流れ
   対竹

あさ顔に藪の香りも尽ん日ぞ
   応々

遠のいて見れば桜に月落る
   玉芝

咲そめし日より風ほし杜若
   可良久

一と位持やからすも春の鳥
   五渡

寝た人のありとも見えず笘(とま)の霜
   里え女
  奥州
門掃くや麦の照穂の朝湿り
   雨考

野の花や別れた人の亦みゆる
   雨塘
  江戸
こがらしのふたつになるや佃島
   素玩
  三河
山鳩は何が不足ぞはなの雲
   卓池

野百合ふく風や筑波のわすれ雲
   秋挙
  上総
朝の日の嬉しくなるや紫苑さく
   里丸
  江戸
四月のひとしづまりや柏散る
   寥松
  奥州
空也寺の犬にかさとる紙ぶすま
   冥々

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