倉田葛三



『くさかね集』

『くさかね集』(葛三編)。自序。道彦跋。



白雄居士

吹つくし後は草根に秋のかぜ

 文化4年(1807年)、白雄十七回忌で葛三が鴫立庵に白雄の句碑を建立した記念集。

 梅沢の松ふく風は、古余呂岐の芒よりも寒けくゆきかひ、時雨の音なはぬ時はあれとも、この鴫たつの扉をたゝかぬ日こそあらさりけれ。是よき程に隔たる隣に住つる幸の嬉敷処か、ことし恋しき春秋菴しらをの十七回忌なりとて、沢のあるしの作善仏事おこなるゝに、ちかきわたりのやつかれたゝやあるへきと、ひとつの碑冢をとりもなほさす、虎御前のかたへに建立す、さておもてには、吹尽し後は草根に秋の風 とそほりたりける。これしらを仏のおほかる句の中に撰さくりてしいはれにはあらさるをや、磯菜つむみそれが中、鮟鱇つりしつらゝか軒、あしたゆふべの盃の袖にもわすられず、覚たるやつがれが心のひとしをりにまかせたるのみ。さて吹尽したる枯草のすへの世にいたりても、此いしの苔むして末、人が名の長く残らんことのよしをおもへば、またまたちかきわたりにすみける幸のうれしくて、我は顔なりと人のあさけり給はんもしらさるに似たりといふことを身みつから云。

   魚とりはなたんよりも経石ひろはんよりも、ひとつ
   のいしふみ置そめたる松蔭に、松かさを煙らせ、ひ
   たすら遠くおもふのこゝろをのふる。

白露のこれそこれとす音もな
   葛三

秋の寒けき夕くれの月
   未人



   我に似て酒のみならへ梅の花 ときこえし人の十七
   年忌弔ふけふにも膝のうへはなちたまはさりし、盃
   のまほろしにのこりてわすれさりけれは、

嘘とても新酒はくまし白雄来る
   みち彦

けふにあらすは水におく露
   葛三



朝顔やうらおもてなき隣同士
 星布

朝顔もさかぬに旅のわかれかな
 長翠

旅人のかへるひ日ありて秋のかせ
   むさし
 五渡

秋風のとちらからも吹日さしかな
 津久毛

落つくや芒に入りし秋の風
 可良久

何よりとあはれもてゆく秋のかせ
   安房
 都賀

ひくらしの声をかきりか山稼
   しなの
 雨紅女

年よりも交りおはす碪かな
   亡人
 馬門

山吹の宿にはしまる碪かな
   大坂
 升六

白菊の匂ひを譲る草もなし
   信濃
 虎杖

   はいかいの古人たちを
      供養することのありて

置露の菊勧進にではやな
   陸奥
 乙二

葎はふ宿と答て菊の花
   むさし
 五翁

京へ出る心もなしや秋の蝶
   江戸
 成美

おもしらうなる迄見たり秋の山
   江戸
 兀雨

用なしの家をなふるか萩の声
 碩布

浦の秋朝日の出たるはかりなり
 叙来

枯菊になるをなふるや隣の茶
   むさし
 無説

枯菊や旅人馬をつきかへる
   下総
 雨塘

花実散し老はいはすよ霜の草
   江戸
 みち彦

戸明くれは松のわらはん冬籠
   江戸
 其堂

唐崎の松もういかや神の留守
   江戸
 護物

おほ空も花におくれてくれにけり
   しなの
 麦二

いかやうな桜にもなく烏かな
 杉長

梅白し夜明の空になりすます
 方斛

草ふかき野になれかしと啼雉子
 魯恭

行春も麦の青きそたのみなる
   上野
 詠帰

茂らすは植たき木あり時鳥
   さかみ
 宣頂

満月にかゝりて牡丹さきにけり
   信濃
 伯先

花なしとおもひきる日の牡丹かな
   甲斐
 嵐外

   その世馬さへ痩せたりしとかや

曽我殿の泪かゝりし牡丹かな
   肥後
 対竹

嬉しかりて旅人通る田植かな
 素檗

戸口まて植てたのしき早苗かな
   三河
 卓池

麻蓬身の形代におりうえん
   信濃
 如毛

仮ならぬ仮につくれと川社
 雲帯

月影もはらはすなりの苔の花
   尾張
 士朗

   ふし見屋別居

さゝ竹をより処なる月見かな
 葛三

倉田葛三に戻る