井上士朗

『鶴芝』(士朗・道彦編)


 享和元年(1801年)2月、井上士朗が門人松兄・卓池を伴い江戸へ赴いた時の道中記を道彦が代作。帰路は江戸から信州へ旅をする。

松兄は名古屋正覚寺の住職。加藤暁台、井上士朗の門人。

文化4年(1807年)7月25日、41歳で没。

 そもそも東海道の記行あげてかぞふべからず。うきにつけ嬉しきにつけ、うち聞えける人々のあとなつかしく、此春ゆくりもなく出なんとぞ思ひなりぬ。伴なふ人ふたり、手足つかはれんとてつきて行わらはにあらず。いづれも頭はまろけれど、くつきやうの茶湯者、信実の念仏上人也。心の月の寂しさは同じわびがさこそよかめれと、享和紀元のとし如月はつかあまり、霞こめてし空の覚束なき夜より、馬にものらずまず歩よりぞゆく。

いかめしく思立たる花見かな
   士朗

 熱田のかみをうぶすなにとりたるわれわれなれば、まつかぜの里、夜寒のさと、知立の市も、八はしの寺も常事に覚て、ふみてをそむるに心なし。

      藤川過るほどにも

   みのゝ毛の顔にかゝるや春の風

と大声に吟ずる人あり。おどろきてふりかへれば、岡崎の卓池也。此行のうらやましきに、あづまの旅寐をともにせん迚、つとめてかけつけたる勢ひなるべし。

      よし田へ出る。

 長百二十間の橋あり。此水源はしなのより出、長しのゝ根を流るゝ滝川なりと聞に、人々善光のみほとけおがまむとちかひまひらせしよしあれば、いでやこの大河の露と滴るところまでゆくことかとて、前途千里の思をなさゞるはなし。

   伊良虞崎も見やらる、

   はまなのはしいつの世にや。

(みちづ)れの法師をシカる(※「シカ」る=「勹」+「言」)難もなくて、天竜をすらすらとわたる。

さよの中山になりぬ。ゆくもかへるも旅人ならずと云事なく、命なりけりとよめるもあはれに、さまざまのこと思ひつゞけられてしばし休らふ。

よき程に花のかげある山路哉
   士朗

袋井。同行の茶人がうれしがる名也

すみれさく道もありけり大猪川
   松兄

水いとあせて聞しには似ず面白かりけり。

這出て蔦も芽に出ようつの山
   士朗

そのかみうつの山こへはべりし時、蔦のたねをとりて菴室にうえてはべりしが、年々紅葉したるを見て

うつの山こへしやゆめになりはてむ

 かきほの蔦の色に出ずは

   草菴集にはべり。

 このわたり右もひだりもあともさきも、なをなを見処多し。

うつかりと寐られぬ花の旅寐哉
   松兄

草臥てまくらにしたり雛のはこ
   士朗

千寿のまへが古里など心によせてつくれるにはあらず。

宗長の墓吊らはでや過べき

倉沢や不二にふたがる春の空
   卓池

今日も見え今日もみへけり不二の山
   士朗

うどの浜・許奴美のうら・清見・うきしまがはら・三保のまつ、朝暉夕陰気象千万なり。定福寺、宗祇を葬し所、自画自讃を拝す。

うつしおくは我かげながら世のうさを

 しらぬ翁とうらやまれぬる

世にふるはさらにしぐれの宿りかな

 かゝる記念をいとなみし昨日の宗長も、是をあはれとよみなす今日の我等も、いづれかしぐれのやどりならざると、例の念仏上人の尻声につゞきて、南無々々と申て出ぬ。

   はこねやま

鶯のしのふりはへて高音かな
   士朗

   はこわうが手習のあとなど見ありく

春の日の永きもしらぬ筧かな
   松兄

   大礒にくだる

 年ごろなつかしがりし葛三坊他に出てなし。空菴まことの鴫たつさはなり。遊行寺の鉦はけんけんとなりて雉の声に似たり。松風のひまに聞なしたれば、父はゝの頻りに恋しと申されし高野にも思かへて尊とし。

   絵島夜泊

   かねて無言の茶人が

島守と月をみるめの長閑なり

かくひねり出しにおされて各申さぬ事になりぬ。

腰ごへやあはで止ぬる貝の口
   士朗

   とばかり思ひつゞけはべる。

   神奈川

 申酉にあたりて富士又晴たり。馬刀つく男、藻魚つる子、道のほとりに立まじり、觜と足と赤き鳥の人にも懼ずふるまふのどけさ、はや

 御代のすみだ川に来つきしおもひ、みな人酒はたふべる、あし十の字にふみて夕日繁華にいる。

百里来て芝に笠しく花見哉
   松兄

花に先わらじとく也御殿山
   卓池

品川や海手にかたぐ山ざくら
   士朗



集名の事此度は不二紀行にて御座候間、鶴芝といたし度候。こは富士の半にあり。其形よく鶴に似たり。何とぞそなたのを鶴芝初編と御出し可被下候。

三月廿三日
   松 兄


   たくち



 いやがうへにつどひ来る風客、三ツの舟にゑひしれてシカり(※「シカ」り=「勹」+「言」)合たれば、詩も歌もしるさずなりぬ。首尾の松のほとりにて、はまもが今やうかなでしは、しとやかにこそ。

   成美亭

年々に花の見やうのかはりけり
   士朗

 重きわらじをすてるめすゝき
   成美

獅子舞の約束多き春風に
   みち彦



 花の咲たる花の木をうえて、花の林をこしらひ、花ちれば又ほりすつと云、別世界の花を見にゆく今日也といさむに、雨いたく降来にければ、いかにやいかにかくこそ思らめと、主じの書て出せる句。

雨にとはからざりけるを花のやど
   みち彦

眼をすりながら蕨そろゆる
   士朗



 鶴芝集

初編
   江戸ニテ出板

二編
   善光寺ニテ出板

三編
   松本ニテ出板

四編
   諏方ニテ出板

五編
   飯田ニテ出板

日本橋より板橋へ二り。

江戸へ出て雨にながるゝ桜哉
   松兄

戸田の川上にいる間川入間の里あり。

浦和宿を出れば富士山よく見ゆる。大宮宿のこなたよりちゝぶ山見ゆる。

吹上村より忍の城え二り。

春雨の朝々あがる旅寐かな
   卓池

きり嶋やくづ家々の朝朗
   松兄

此駅に蓮生山熊谷寺あり。

鳥雲に入る熊谷の塘かな
   士朗

忘れては杖買ふ花の木下哉
   卓池

山と見るものも弥生の木立かな
   松兄

二光山赤城山見ゆる。本庄宿

雉子鳴て猫をよび込篠屋哉
   双烏

ちる花は朧烏のねぐら哉
   長翠

武蔵上野の国境かんな川。

雪どけの水に鳴なり河千鳥
   士朗

新町宿より新田足利えの道あり。烏川あり。

春の夜の夢は残れりからす河
   松兄

さのゝ船橋の旧跡え倉ヶ野よし一り。

霧雨のくらが野過て藤の花
   士朗

郷原村より妙義山え一り。

しら雲の名所ならばさくら哉
   同

虎杖や天狗曇りの雲じめり
   卓池

碓氷峠

加賀殿も碓氷峠や木瓜の花
   松兄

杓子町是より信のゝ国なり。

春風のさつぱりかはる山路哉
   卓池

俤のかはらぬものや山ざくら
   松兄

軽井沢より沓掛へ一里ヨ。此あたりを霊場の原といふ。すべて浅間のすそ野なり。

行春や雪のふすぼる浅間山
   士朗

千曲川にそふて上田に入る。雲帯・如毛の二人を尋ぬ。きく千曲河はかひがねを出て越後に入ると、一水万里の情、さらにこゝに友人に及ぶ。甲斐に可都里あり、越に喜年・左琴あり、そこに都の斗入が去年の冬行とゞまりてありけるを思ひいでゝ
士朗

かひがねを出て越後に入る川の


 ちくまにものを思ひぬるかな

日数ふれば旅のあはれも少からず。

行春も何が何やら旅の空
   士朗

おくれし雁の見ゆる一つら
   雲帯

田にしがら捨る岡辺の松肥て
   卓池

羽織のやれる風がふくなり
   松兄



横吹をこゆれば遙に戸隠山見ゆる。姥捨山え三り。

横吹に春は行なりちくま川
   松兄

春をだに水はとどめず千曲河
   士朗

三月廿六日古松亭にとゞまりてはなしす。ことしは花の遅き年也。この日ごろこそ花は咲出たれ。をりよくも来れりなど聞へければ、

有明にあはれくらべんはつ桜
   士朗

下葉に残る山吹の雪
   柳荘

まじり来て頬白ほ赤も啼雀
   松兄

柴のかた戸を閉る間もなし
   希言

松かさをひとつすへたる膳の上
   卓池

とゞろとゞろと沖鳴がする
   杜厚



希言亭詠   雉子 山吹

久米路の橋はなか虫はみぬ、心してゆけといへば

山吹やくめ路の橋は見たけれど
   士朗

やま吹の月夜ともいはぬ庵哉
   松兄

しら雲の吹れて出たりきじの声
   卓池



旅立日は二月廿八日也。行程二百里。半時仏前に坐する事なし。けふ又三月廿八日なり。善光寺の如来前に通夜して仏恩を報ず。吾祖はこゝに百日の歩みをはこび給ふとぞ。けふ祖師の忌日に逢ふて晨朝一時の御経を聞こと、是また不思議の宿善なり。

朝がすみ二重ひらかせ給ひけり
   松兄

月仏信のへ華のころに来て
   卓池

通夜ごもりする念仏の声は松風にたぐへておびたゞしく、夜明るまゝにみれば老たる人半に過たり。誠に仏の手をとらせたまはではと見るばかり、雨にぬれたる旅の衣うち払ふ気色もなくよろぼひ出て群集しけるぞかたじけなき。

朝な朝な虱掃出す御堂かな
   士朗



 鶴芝      松本之巻

姥捨山

花に泣ば又もや姥は捨られむ
   士朗

菜の花にしばし埋る田毎哉
   松兄

桂木のものおもはする芽出しかな
   卓池

猿ヶ馬場

しぐれ来る雲のはたても春の雨
   松兄

腰かけに笹葉しきけり春の風
   卓池



有明山

むかし西行越路をこえて、しなぬの国に入給ひしとき、三つの湖ありとまうされけるとよ。白雲かゝる月のなごりもけふははや春行空とぞなりける。

むくおきに柴たく春のなごり哉
   阿彦

またしぐれ来る花のしら雲
   松兄

大根のくちきる草のもえ出て
   素檗

鼠も人もふえるこのごろ
   雨暁



ほとゝぎす鳴夜を船の旅寐哉
   恒丸

夏の夜は山見て明ぬ郭公
   詠帰

杜若あはれさを見る木の間哉
   正阿

卯の花の咲て露けき茶畑哉
   若人

江の水鶏宵から雨は降にけり
   柳荘

五月雨の吹起してや荻の声
   蕉雨

おのが世と舟に飯喰ふ鵜飼哉
   冥々

横雨を百合の莟のふくみけり
   雲帯

夜やあつき草の葉を喰ふ鼠哉
   平角

烏来て何ともせぬや萩の花
  可都里

萩ぬれてよこに降なり山の雨
   双烏

燈籠や畳の上も盆の闇
   長翠

きりぎりすなほ聞入ば羽をたゝき
   素郷

宵々や行燈とりまく秋のかぜ
   漫々

けふとても秋風ふきぬ菊の花
   乙二

大ぎくのかげつゝ立り蔵の壁
   一草

白菊やいろあるものはさめやすき
   五明

柞原薪こるなり秋の暮
   巣兆

有合すものは月なりはつ時雨
   空阿

白露の菊よりしぐれはじめけり
   奇淵

蘿かづら我より先にしぐれけり
   雄淵

枯残る芦をはなれぬあらしかな
   羅城

うき草に誘れもせず鴛の恋
   耒耜

霜がれの菅もあやめも日なた哉
  みち彦

霜の橋城下の橋をはづれけり
   春蟻

寒しとは誰もいふ也角田川
   葛三

淋しさに立さる松も夜の雪
   岳輅

翌日の事忘れうならば雪の中
   成美

雪の駒手綱はなせば嵯峨へ行
   重厚

雪の野やかくろひかねて松の雉子
   午心



鶴芝      諏訪之巻

清水の伏家より朱樹の翁をむかへて我ふる里へもどるとて桔梗が原を過る。

松本を出て眼にうかぶ卯月かな
   素檗

まつもとの雨見かへるや茨の花
   卓池

葉に出る桔梗が原を木履かな
   士朗

柴茶屋の婆々がをしむ杜若
   松兄

   塩尻峠

鞍壺にむかひ合せり不尽の山
   素檗

   下諏訪

湖辺行卯月明りも三日の月
   士朗

更てをかしき柿の着るもの
   素檗

雀なく箕打が宿は傾けり
   卓池

   鵞湖

若葉して不尽はやさしき諏方の海
   士朗

小田の住居に青簾買
   艸龍



   若人亭

照射すと見ればこそ問へ漁舟
   士朗

水鶏の宿の月の世話しき
   若人

梛の木のおのが嵐に草臥て
   卓池

芝に居れば顔がべかつく
   松兄



   温泉精舎

   甲斐の可都里のさたとして、蟹守を
   さしこして、予が諏方のやどりをと
   はれければ

あはれさやおなじ旅寐の子規
   士朗

湖の月夜は夏にぞありける
   蟹守

住なれる間々の藪刈て
   素檗

命にしたるひともとのまつ
   朗



秋香庵は飯田にあそびて、朱樹叟の客中をとぶらふ文

寄添て又火を焚やころもがへ
   巣兆

樹を伐て夜に入宿や更衣
   蕉雨



   秋

秋立や月夜となれば人も来る
   若人

名月や何処にどうして郭公
  可都里

行秋も一夜になりぬしのぶぐさ
   冥々

砧打てゆかしがらする榎かな
   一草

朝皃のしぼみより秋のさび初る
   恒丸

橘の実を喰ふ寺の雀かな
   重厚

嗚鹿にあふた夜もありちる紅葉
   蕉雨

   冬

今朝の雪竹の臥処も見舞たし
   柳荘

朝雨と見ゆる処や初しぐれ
   麦二

蕪煮間に時雨たり日暮たり
   雄淵

こがらしやつきんとすれば松の風
   虎杖

冬の月槙の下道見ゆるなり
  みち彦

   春

古寺や春の雪ふる薄月夜
   素郷

花鳥に空はつかへておぼろ月
   空阿

竹の中風もおぼろとなりにけり
   雲帯

はるの夜のうつゝを夢のはじめ哉
   岳輅

ちがや野や松にすはるゝ春の水
   長翠

日の暮ぬものにしてをけ梅の花
   乙二

心なのさくさくきりや初若菜
   成美

鶯のはつ音にさはる柳かな
   奇淵

きさらぎの柳見にけり月の雲
   泳帰

青柳や先月を得る此あたり
   春蟻

はるの夜の月に淋しき芹田哉
   柳荘

藪つばき此うへとはん春はなし
   葛三

しらぬ人の折てくれけり山桜
   午心

帆かけ舟朝から見えてはなの山
   巣兆

花にそはぬ家とてはなし里の雨
   如毛

かきわけて見ても山吹のたよりなし
   若人

うぐひすや月のかげある小柴がき
   双烏

なく蛙水のけぶりをふまへけり
   耒耜

見てをれば雉子のねぶげのうつりけり
   五明

雉子啼や山の奥にもよき月夜
   一草

琵琶園の鵞湖に旅寐するの日記を濤館にして若人編。

享和元年卯月

甲斐 頓丘書



鶴芝      (飯田之巻)

   鸞岡亭夜雨

水鶏啼て夜はひたひたとあはれなる
   士朗

時鳥杖笠もてど啼て来る
   鸞岡

みじか夜の早瀬にかゝる朝日かな
   伯先

   弓矢の沢は飯田より一里余丁、
   かのあたりまでむかひ出て

雲霧の垣からたつやほとゝぎす
   蕉雨

山路来て見事にありく若葉哉
   巣兆

旅人と我をあなどるな閑古鳥
   岳輅

○巣兆法師は隅田川より袂を分ちてしなのゝ花にいちはやくおはしたる。

○岳輅上人は馬に鞍置て古里の便りせんとて尾張の国より三夜さばかり前に来たり給ふ。

葉ごしの月の影はさせども、たゞまれ人のおそきことに、春の山辺に鶯の啼かぬこゝちしてぞまたれける。

   卯月九日      八巣主人

鶴芝集大尾 於八巣賀之 巣兆英親

鶴芝続篇
   李台撰

春の鷄は目覚るにはやくてやみぬ。さて歌仙一折にみたぬも本いなければとて、爰に六句をしるして其不足を補ふ。

    東叡山

ちる花は皆人につく上野哉
   卓池

 世のまことあらん限は桜哉
   松兄

我人が見ても目出度さくら哉
   士朗

    木母寺

 ちればこそ柳にまじる桃花
   松兄

花に鉦いかなる罪のほろぶらん
   士朗

 紙漉が家もめづらし散桜
   李台

はじめゑびすの宮にて熊井の菜波がぬすみたるをうばひかえしてこゝにあらはす。

    前書きあり

  末比等
新敷享和の花の咲にけり

富士の気色を運ぶ春雨
   卓池

なしなしと田螺の角をふりはへて
  みち彦

 
笹の小道の末なかりけり
  はまも

松かげのひとに聞たる月の宿
   士朗

風が吹ても歌になる秋
   一茶

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