小林一茶



『三韓人』

 一茶が江戸俳壇引退記念集として板行したもの。文化11年(1814年)11月、刊。

夏目成美の送別の辞を序、故人樗堂の書簡を跋代わりとしてある。

 われまたそのうしろ影を見おくりて、二十年の旧交おもひ出る事のさまざまは、むさしのゝ草葉における今朝の露もかぞふるにたらずとこそ。

文化十一年霜月十九日とある。

 成美の序に続いて、すでに亡くなった数人の俳句が収録されている。続いて、一茶、成美、一瓢、諫圃の歌仙。諫圃は成美息。全国各地の俳人の俳句が収録されている。

同行三人、玉川一見も今は昔のむかしとなりぬ。


天保七年九月七日没
馬かりてかはるがはるに霞みけり
   蓼太

   病中

寛政二年三月十三日没
鶴に乗術(てだて)もあらば花の山
   竹阿

寛政三年九月十三日没
千どり鳴やふいと悲しき羽箒
   白雄

寛政七年七月廿二日没
元日や此気で居たら九千歳
   素丸

文化八年二月十九日没
梅咲くや鼠の歩行(ある)く大座敷
   浙江

文化十年五月十六日没
年よりの目にさへ桜々かな
   松井



   石の上の住居のこゝろせはしさよ

雪ちるやきのふは見えぬ借家札
   一茶

   楢に雀の寒き足音
   成美

鍋ひとつ其日其日がうれしくてかな
   一瓢

   たもとかざせば晴るる夕雲かな
   諫圃



きのふ見し旅人もどる五月雨
   成美

   元日句なし、二日試筆

かりそめは三日にせうぞ米ふくべ
   みち彦

(を)しげなく若葉折けり魚屋(なや)の人
   其堂

文化十一年十一月十八日没
谷へはく箒の先やほとゝぎす
   巣兆

秋暮ぬ百がものなき痩からだ
   寥松

元日やうしろに近き大晦日
   完来

朝夕を煙ばかりや冬の山
   白芹

菰槌に永き日脚のかゝりけり
   一峩

さゝ小笹雪にさもあれよき隣
   応々

露の世と見えてさつさと蓮の花
   車両

どこからか夜々は来てなく千鳥
   久藏

小雀(こがら)なけ十日の菊のあい(ひ)しらい(ひ)
   碓令

小昼から蚊遣りもおくや臼の上
   素玩

大山が崩れてきても巨燵(こたつ)かな
   一瓢

  下 総

山ぶきや草にかくれて又そよぐ
   斗囿

寛政十一年十一月二日没
鍬かけて長閑にしたる榎かな
   立砂

文化九年八月廿二日没
垣並に此世の月も見たりけり
   一堂

霜枯の藪やかならず茶のけぶり
   可長

文化九年十月十七没
朝飯も焚ぬうちから閑古鳥
   双樹

   猿橋ふみしめるころは、たゞならぬ寒さなり
   けり。

甲斐がねや江戸で見て来し秋の雲
   鶴老

十人が十色に寝たる厚さかな
   若雨

竹の皮朝々人におつるなり
   近嶺

   両国にて

虫売の出て夜に入るやうす哉
   月船

長閑さや愛宕で逢しけさの人
   一白

文化七年九月十四日没
海山や目をふさいでも秋の夕
   恒丸

文化十一年九月六日没
草の戸や人のさしたる柳蔭
   兄直

すゞしさの夜をやり過す莚(むしろ)かな
   素迪

臼にきく渋もお(を)かしや蔦のてり
   雨塘

索麺(さうめん)の細き筋より天川
   至長

   上 総

いやさうに枯芦そよぐ日暮かな
   白老

ひよ鳥の見えてはや鳴はつしぐれ
   雨十

文化十一年三月卅日没
初雪や梅に筋かふ釣瓶竿(つるべざお)
   祗兵

此沼もおなじ向なり天河
   徳阿

置露や手にとるやうな夜の空
   子盛

文化七年四月三日没
用のなひ(い)髪とおもへば暑さ哉
   花嬌

春風や女ぢからの鍬にまで
   ゝ

鵙なくや筑波をまたぐ日和虹
   里丸

我庵は茶にも酒にもさくらかな
   砂明

あり明やことしも活て青簾
   ゝ

  安 房

文化九年九月三日没
見殺しにすると思ふなきりぎりす
   児石

世中や月夜がらすも花の中
   郁賀

埒なしに長閑なりけり山畠
   杉長

  信 濃

  天姥
梅咲てかくれきられぬ庵かな
   李翁

花の雨ねらひすまして濡にけに
   葛三

枇杷の葉の匂ひ淋しき扇かな
   反古

落葉して雀の木とは成にけり
   文路

雪とけて町一ぱいの子ども哉
   柯尺

長閑さや萩見し丘を田に出かす
   武曰

文化八年十月二日没
けさの雪竹のふし所も見廻たし
   柳荘

  アサノ
かゝる代に生た上に桜かな
   文虎

三ヶ月のしやんとつゝ立暑さ哉
   ゝ

華の事云ては腹をへらしけり
   竜卜

春雨や居た共見えぬ藪の家
   松宇

淋しさを我にうつすな女郎花
   春甫

陽炎や草臥(くたびれ)顔の古仏
   呂芳

   卯月廿五日発足の折から

江戸へいざ江戸へいざとやほとゝぎす
   一茶

 右(みぎり)は早苗ひだり卯のはな
   春甫

市小屋に有明月の筋かひて
   呂芳

 茶呑に来よと笛をふく秋
   魚淵



我庵を狭しと牡丹咲にけり
   魚淵

  田中
鶯のふんまたぎ行小家かな
   希杖

大鷄の身をもかこたず梅花
   其翠

享和元年五月一日没

  高井野
引上げて見れば風吹く燈籠かな
   兎園

曲り所の草の青さよ春の水
   春耕
  六川
夕顔も人の咲せる借家かな
   知洞

五月雨の癖の付たる柳かな
   大綾

  スハ
山吹の友くづれする垣根哉
   素檗

郭公鳴た空なり見て置ん
   若人

かはせみの芦にちよいとや角田川
   蕉雨

文化十年十二月八日於当所没
梅がゝや門よりおくの長い事
   若翁

  甲 斐

いふことのさはるやう也夜の華
   可都里

晩までのこゝろすましけり更衣
   満々

夕案山子我にしばしのあるじせよ
   一作

霜の夜や甲斐に居しめる膝頭
   嵐外

  越 後

閑古鳥こゝろ長くもなく事よ
   幽嘯

どのやうな木が嬉しいか閑古鳥
   竹里

  常 陸

はつ春の人とも見ゆる妻子かな
   湖中

春うれし茶水捨ても草になる
   松江

肌寒や藪木の下の明ず門
   里石

文化九年九月十五没
水見ても笑ふが如し春の月
   遅月

  奥 陸(陸 奥)

梅がゝの壁吹よごす草の庵
   平角

(魂)まつり平家の人の通りけり
   素郷

水鶏にも疎まれがまし世にあれば
   雄淵

老けりな華見る迄を人まかせ
   雨考
  松前
烟にも名をもつ夜也梅のはな
   布席

黄鳥のころがして行茶の実哉
   冥々

菊もてば侘ぬ日はなし馬の面
   きよ女

そこらうちいひ合せてやとぶ螽(いなご)
   乙二

  出 羽

気みじかに飛で戻てなく千鳥
   野松

享和三年十月廿五日没
夏山や子にあらはれて鹿の鳴
   五明

文化十年八月十二日没
我ための夜のはしらや高灯籠
   長翠

  三 河

梅持て尻から這入戸口かな
   卓池

ひとたびは父にも花のよしの山
   秋挙

  相 摸(模)

しぐるゝや野は近付の女郎花
   (雉)

  尾 張

梅盗む人は大かた月夜かな
   岳輅

文化九年五月十五没
何をして人は暮すぞ須磨の秋
   士朗

  京 都

寛政十一年五月三日没
枯芦の日に日に折れて流れけり
   蘭更

夕燕ひとつは谷へ帰りけり
   雪雄

  摂 州

声よきはぬるゝ千鳥と思ひけり
   尺艾

柳から見ればちい(ひ)さし親の家
   奇淵

鶏の道も付たる清水かな
   三津人

   伯蔵司賛

享和元年十二月廿八日没
世は芒穂にこそ出ねみな狐
   二柳

   自像画

文化二年三月十七日没
春の花こんな親爺じ(ぢ)やなかつたに
   大江丸

花の雲ことしも夢に暮す哉
   一草

 梅柳と申収候。いまだ御往生も不被成候由、夫もまためでたからむ歟。老はことの外に衰たり。活て居ると申ばかり、万事随意々々。風流も先閉口同時也。只むかしをおもふ度、人恋しくぞ。最早生前御面会もあるまじく歟。上品蓮台にてとたのしみ候なり。

   如月廿日

樗堂老人(書判)

      一茶上人 榻下

 たづねても世の中はなし山さくら

         長ければみつがひとつをしるしぬ。

 八月廿二(一)日、叟身まかりぬと聞て、筆の落るもしらずおどろく折から、またかたのごとくの書とゞく。さながらあの世へさそはるゝやうに、そゞろにうしろさむく、

此次は我身の上か鳴烏
   一茶

 大事の人をなくしたれば、此末つゞる心もくじけて、たゞちにしなのへ帰りぬ。

   文化十一年霜月十九日

信州 俳諧寺一茶



[十]九 晴 田口ニ入 『三韓人』十冊入来 未刻雷雨

『七番日記』(文化14年5月)

小林一茶に戻る