多賀庵玄蛙

『萍日記』


 文化5年(1808年)3月19日、多賀庵を出て玄蛙が松島に旅をした紀行。年末難波に着く。岡井眉跋。

井眉は大坂の人。勝見二柳に学ぶ。

天保8年(1837年)7月29日、78歳で没。

草庵の花散そむる比より夜毎の嵐に心動て誰松島の思ひしきり成けれは三月十九日といふ日住なれし戸ほそをうしろ手に引捨身は風雲の小笠に任せて千里の杖をかりそめに突そむれハしたしき限は彼是出合の清水まて見送る

けふよりの身を萍の始かな
   玄蛙

   吉備の国を過るとき

追ハすともたつへき物を麦の雁
   ゝ

   播磨の国にありて

ぬれいろの覚束なさよ須磨簾
   玄蛙

人々にたつさへられて住吉の神詣しけるに正印殿といへるに昇ていともかしこきミ有さまを拝む

啼鳥の松にひまたき卯月哉
   玄蛙

苔の花雲もひたひたにほひけり
   奇淵

夏川に成はしめより三日の月
   耒耜

朝明の車の音も四月かな
   井眉

玄蛙叟の東行を送りて石山寺の旅店にとまる

石山や露もたのます飛ほたる
   
 玉屑

ほとゝきす暮行水のあらし哉
 玄蛙

   湖辺に逍遥して

近江路ハ水のあかるき四月かな
 ゝ

水無月朔日の旭日拝んと二見の浦浪に汐あミしてしのゝめより藻屑の上に座したり

うたかはぬ心の先やふしの山
   玄蛙

いつしか美濃尾張の境も越へてけふハ命をからむ蔦かつらといへるわたりを過る

花のさく物とハしらす八重葎
   玄蛙

都の僧の武蔵の国へ行脚せらるゝに木曽路の旅まくらを同うせしか我ハ此神垣に留るとて

別れは六月寒し諏訪の湖
 玄蛙

   湖水の辺りなる曽良庵に泊
   りて

天龍や水鳥は子に明安き
 ゝ

水無月ハ蝉の黒さもまさりけり
 素檗

蚊遣り草ほとけハ蝶の出るかな
 正阿

束ぬれハ覚別青き早苗かな
 其齢



   姥捨の庵室にやすらふ

ほとゝきすなくや田毎に雲かゝる
 玄蛙



   柳荘子の許に行て

さくまては夕皃の名もなかりけり
 玄蛙

夕立のまた来膳のなかはかな
 柳荘

水無月や皐月おくれのわすれ雨
  トムロ
 虎杖菴

いさゝかなやめる事の有りて別所といへる温泉の山に湯治しけるか閏月十六日立秋なれは

山水や秋たつ朝の月あかり
 玄蛙

多けれと寂しきに似てわたの花
  上田
 如毛

何事を我に告るぞ秋の鳥
  
 雲帯

すゝしさの月夜なりけり竹本
  
 露麿

   浅間山の麓を過る

夏の日や草枯水に石はしる
 玄蛙

金令舎の人々とこそり合ひて木母寺近きわたりまて漕のほるに

秋風のさはる木もなし隅田川
 玄蛙

屋敷衆の舟の使や萩の花
 護物

小わつぱか手は逃たれと秋の蝉
 可麿

舟心すれとさめけり木槿散
 道彦

   深川の芭蕉菴にまねかれて

名月をうしろに庵の曲突かな
 玄蛙

名月や晴ての後の気くたびれ
 午心

名月やなしといはれぬ蛇の足
 寥松

名月や鳥も多くハ水に住
 完来

   随斎の閑窓を訪に

花すゝき人来てハ世の事をいふ
  随斎
 成美

   鶉にあけぬ月の夜もなし
 玄蛙

秋寒き染屋の臼をころかして
 漸江



夕暮れの数に入たるかゝし哉
 一瓢

塩の山さし出の磯なと聞ゆるは名に
も似す海なき国に有り白川ハ舟にて
こえさふらへハたしかにおほえすといひ
て世にわらはれし人もありしとそさ
れは実境にむかはすしておしはかり
にいひ出む句はたかふ方おほかるへく
居なから名所をしるなといへるハをこ
にいひそめし言わさなるへし其地をふミ
其風色に向ひておのつから心に動き出
たるハ景と情と二ッなから得るものにて
古人も旅に痩せ抖藪にさすらふる
もの多くハこれかためなり安芸の玄
蛙大人遠く江戸に遊ふ事三十余日
初月の比より在明過るまてむさし
野ゝ月をさまさまになかめつくして風情
なほたれりとせす是よりおくの方都
鳥を野田の玉川にいさなひ宮城野の
露に草鞋をぬらし末の松尾花の浪
のかゝるをなかめつほの石ふミ朽せぬ
跡をとひつひに松島に至りて我国
第一の致景を懐にして風情のはら
わたをさはさむとて東坡か笠をかた
ふけ西行か杖をなゝめに曳てすてに
一歩を始むわれ浅草の末まておくり
出ておもふ事有り丈人さきに西の国
々をめくらひ今又東の方をきはめむ
とす胸中山水に富る事画かけるも
のゝ粉本をたくはふるにひとしく句を
作るにあたりて心に任てとり出せは
其言葉さらに尽すしてほとほと妙所
に至らむとす是多年の工夫と千里
の逆旅とによれるものなりそれか
うへに今陸奥のおくゆかしき処々を
くはへはかならす作意のむねにあま
れるものあらむ是を長櫃十余合
にもうち入うち入になはせて帰り来らむ
日われまた此野に在りて待むと
たはふれて朝霧に笠のはの隠
るゝまてそなたをのそみてたつ

随斎成美

   那須野ゝ原を過る

のかのかと荷馬の這入すゝき哉
 玄蛙

秋の松いはて物思ふたくひかな
  芦野
 葛蘿

   白川にて

実かつら遠くも来たり秋の霜
 玄蛙

それさへも嵐にあへり蓼の花
  スカ川
 雨考

秋雨や誰こゝろみるくさめ草
  本宮
 冥々

実方中将の墓を拝ミて笠しまの里にとまる

薄壁を背中に月の夜寒哉
 玄蛙

古郷は何千里とも覚束なき隅々を越えて一期の願ひも陸奥の塩竈の浦より漕わたりてこよひハ瑞岩寺近き処にとまる

いく島の思ひを啼か夜の鹿
 玄蛙

   仙台に杖を留る比

鳥と寝ぬ夜はなかりけり蔦の菴
 玄蛙

   余りしたしく袖にさす月
 巣居

橋かける古郷の秋の行かてに
 百非



ぬれ安きすゝきと成ぬ宵あかり
 雄淵

名もしらぬ鳥か出て来て野分吹
 百非

ふさふさと提行きくの十日哉
 巣居

すゝきから切れて寂しや秋の山
  行脚
 旦々

かけのほる背戸山あれや秋の月
  白石
 乙二



十時庵の閑炉を守る夜安岐の玄蛙はいつくしまを語り令ハ松しまをかそふ

返す千鳥雪のミなとかしらむやら
  金令
 道彦

   郊外に杖を曳友五人

稲かけし老木の数や帰花
 巣兆

水なふる尾花にそても枯にけり
 胡準

小春凪水はきのふと思ひけり
 春蟻

薦僧の道あけ申せ大根引
  ヲハリ
 李台

木母寺の椿咲きけり初しくれ
 玄蛙

   荘厳院のしくれ会ハ

今は昔といへはめてたし十二日
 無説



   鎌倉の覧古

見て居れは雫するなり草の霜
 玄蛙

   江の島

木からしやもとの処へ吹もとる
 ゝ

   鴫立沢に杖を留る事五日

旅の日は鴨の脛にも似たりけり
 ゝ

凩の吹かはふけとて椿さく
 葛三

笑ふなよ鳶の羽いろの古紙子
 暮玖

   箱根山を越る

しくるゝや晴るゝや峰の移リ行
 玄蛙

よし原の駅にとまりてしのゝめの不二を眺けるハ霜月六日の日なり

たくひなき空や冬至の山かつら
 ゝ



山寺やいくつ着せても薄ふとん
 卓池

人間のからひ時なり冬こもり
 秋挙



   枇杷園興行

身をつゝむ端や衾のあらし山
 士朗

   きのふの千鳥けふの鴛鴨
 玄蛙

冬牡丹静に痩て花さきて
 竹有

   御門の鍵をまた取に来
 岳輅



   送玄蛙道人

枇杷園の埋火に花突あはせたる
道人けふすてに安芸の国に帰
らむとす誰かれ集りて馬のはなむ
けす杖突坂の落馬を恐れて
かちより行んといふ道人はいはゝ下
戸の酒嫌ひなれは形はかりにとて
盃を疊の上におく菜滓を竹
筒に盛るかの拾得か寒山をあし
らふさまなりけり人はたゝに
離歌を唱ふ野鳥の啼て歌声
を助る声おのつから朝もよひして
松の上雪白く東の山月に明たり

朱樹士朗

   ふたゝひあふミの国に帰る

霞ミても寒の水也鳰の海
 玄蛙

なるやうになるをし鳥の双ひ哉
 亞渓

埋火や人の来ぬ夜も面白ひ
 志宇

   京に入る日雨の降けれは

鴨川や師走の雪の解る音
 玄蛙

三千里の逆旅はいつしかこの人々に面合すらむとそゞろ心に古郷を立出しがけふ浪華津に帰はたゝなつかしき便りを聞て

我国の汐か来なりとしの内
 玄蛙



鶏はかり起て居なり霜の家
 三津人

枯かつらたくるも人の師走哉
 空阿

釣燈を舟にさし出す師走かな
 升六



頭陀ふくろをさがして集つく
るは老たりと人もいふおのれもかくこ
そとおもへと松島のまつの葉富士
の白妙もすてぬか左右なきすき
心なるへしと花屋菴のあるしと
ともに此ふミつくるに安芸人の
しるやしらすやハ知らす

文化辰のとしくるゝ日なには人
井眉誌

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