小蓑庵碓嶺

『あなうれし』


 文化13年(1816年)、『あなうれし』(碓嶺編)。道彦序。長翠追善句集。

椿海長翠居士在世遺稿句集

   東 都

元日や人の世人に顕はるゝ

   小蓑庵元日

秩父根の松見るまでを宿の春

   酒田の舎(やどり)に二とせの松竹を潜て

鷄がねや老にはゆるす春もあれ

   途中

雲雀啼洗馬の宿引我も曳

人の柳羨しくもなりにけり

   よしみつ寺

朝ごゝろ木草になれと願けり

   小蓑庵

をりをりにみゆる四月の峯の松

   伊達の郡にて

大木戸や青水無月の萩桔梗

   乙二が松窓にて

けふは翌(あす)のむかしとならん莎鷄(ぎす)の声

   しほがま社頭

六月の水拝みけり釜のろく

   秋日斜に、山は雲に隠れ、人は家に帰る頃

飛鴈の空についたり日和山

象潟は昼の露みる処かな

   乕杖庵

深山木や春まつ雪の下かつら

   小蓑庵

草の戸や木葉掻さへ三月越し

木枯のがくりと居らば雁の啼

冬の夜やはなしの先の火の明り



  
夕空の皆露くさし須摩(磨)の鐘
   由之

木母寺へ何処やらたらぬ新酒かな
   李尺

春の霜家鴨の脛の美しき
   八朗

日や永しひとりも人は来ぬ事よ
   梨翁

いか程もありたき物よ空に几巾(いか)
   雨塘

秋もはや間近き鷭の額かな
   雨考

帰来て露の門掃月夜かな
   多代女

空也寺の犬にかさうぞ此帋子
   冥々

(あす)も降とてけふも降しぐれ哉
 乙二
  
頼みある秋や今宵も山の月
   雉啄

雪ちるや春をよろこぶ梢より
   葛三

露の身といふも誠や枕もと
   成美

独事しては今年も花を友
   蕉雨

蚊屋つれば夜のなくなる住居哉
   碓令

瓜むくや甲斐の咄のおろ覚へ(え)
   護物

切几巾(いか)やいかにも菴の春のもの
   応々

不如帰女房達に待まけし
   みち彦

 文化十一年甲戌春

  三月十二日於十時庵捻香

木枯のがくりと居ては鴈の啼
  長翠仏

 月もすさめぬ冬の稲妻
   みち彦

出厚なものに服紗を匂はせて
   葛三

 守武ばかり烏帽子なり鳬
   雨塘



蝙蝠や三輪のしるしも暮る時
   志塩

奥山やさかりの花が人をよぶ
   鷺白
  
雪解は冨士も浅間もけぶる日か
   五翁

厂なくや露に明き書の小口
   五渡

鯉活す盥にさそふみぞれ哉
   国むら

咲かけて休みもあるか山のうめ
   碩布

なく鵆隣る笘屋もなきやうに
   対竹

夜明ては他人のやうな鵆かな
   一瓢

八月や木を吹風に寂そむる
   嵐外

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