佐原鞠塢



『墨多川集』

諸家の隅田川に関する発句を収めたもの。

文政9年(1826年)、佐原鞠塢(きくう)『墨多川集』刊行。

鞠塢は蕉雨護物・可麿とともに道彦門の四天狗と言われた俳人である。

向島百花園は鞠塢によって開設された。

田植さて水茶やするがすみだ川
   其角

打明て見せけり冬のすみだ川
   蓼太

春をだに水はとゞめずすみだ川
   士朗

三日月も見る間あるものすみだ川
   金令

この儘に年もくるゝかすみだ川
   成美

芦ばかりつらし師走のすみだ川
   乙二

時鳥まだ見に来ずやすみだ川
   巣兆

降捨て置けり雪のすみだ川
   完来

翡翠(かわせみ)の芦にちよいとやすみだ川
   蕉雨

名月や誰が軍(いくさ)してすみだ川
   牛心
   (午)
すみだ川くれぬうちより朧也
   一茶

羽抜鳥啼比広しすみだ川
   夢南

夕立や羽おり流るゝすみだ川
   雪雄

来た春の道も隠さずすみだ川
   碓嶺

すみだ川の露や三月十五日
   菊塢

むさしとはたれも言なりすみだ川
   葛三

ふう替て蚯蚓きかうぞすみだ川
   何丸

うたがはぬけしきや冬のすみだ川
   抱儀

梅よりもさくらに寒しすみだ川
   応々

月を秋といふ人恋しすみだ川
   李峰

水底に霜のおくやら隅田川
   曰人

天の川と十文字也すみだ川
   菊塢

都鳥なるれば波のかもめかな
   乙二

酒のみをみしるや雪の都鳥
   巣兆

   京
声もたてず野分のあとの都鳥
   闌更

道灌の世も見し鶴かすみだ川
   寥松

すみだ川木葉がちにも成にけり
   成美

人日や見覚のあるみやこ鳥
   護物

夜の明て日暮て秋のすみだ川
   対山

【伊勢物語】に、猶ゆきゆきてむざしの国としもつふさの国との中にいと大きなる河あり。それをすみだ川といふ。其河のほとりにむれゐて思ひやれば、「かぎりなくとほくもきにけるかな。」とわびあへるに、わたし守「はや舟にのれ。日もくれなん。」といふにのりてわたらんとするに、みな人ものわびしくて、京におもふ人なきにしもあらず。さるをりしも、しろき鳥の嘴と脚とあかき、鴫のおほきさなる、水のうへにあそびつゝいををくふ。京には見えぬ鳥なればみな人見しらず。わたし守にとひければ、「これなん都鳥。」といふをきゝて、「名にしおはゞいざことゝはん都鳥わがおもふ人はありやなしやと」、とよめりければ舟こぞりてなきにけり。

【古今集】には、「川のほとりに遊びけり。」とありてことわりあきらけし。

【いせ物語】の「水の上に遊びて」といへば足は見えじやと。

夕月や杖に水なぶるすみだ川
   越人

木母寺に歌の会あり今日の月
   其角

遊弘福寺木犀や六尺四尺唐めかす
    ゝ

露の間や浅茅が原へ客草履
    ゝ

梅若の柳も雪のあしたかな
   金令

角田川あみして秋の句を得たり
   鵬斎

新月やことしのけふのすみだ川
   蓼太

すてぬ世のつごもりはなし角田川
   菊塢

用のなきわたりも越つすみだ川
   金令

旅のこゝろ忘てのちのすみだ川
   護物

花掃て人を通すやすみだ川
   麻父

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