今江戸に出てかきとゞめたる発句・附句を大なる集にあめるものは越後の竹里なり。一日草庵に来りてこれが序を乞わ(は)れ、まづ集の名を問にいまだ名もなしといふ。むかし清少納言が琵琶の名とひまゐらせしに、名もなしとの玉ひしこゝろにはあらで、是はもとより名もあらねば、名なし草紙ともいはまほしきにや。此ありのまゝを書付て草稿にそへてかへしつかはす。是を序とも何とも名づくべきか、われもまたその名をしらず。 文化己巳季春
無辺法界俳士成美 |
寂(つくづく)と見て居ればちるさくらかな | 士朗 |
見歩行ば人の桜はなかりけり | かつり |
ちれかしとおもふは花のゆかり哉 | 岳輅 |
初ざくら盛は花にゆづりけり | 樗堂 |
出て行と言るゝまでを花の宿 | 素檗 |
雪見にはころぶ所よちるさくら | 蕉雨 |
上野にて |
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十日様九日さまのさくらかな | 一茶 |
女 |
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ひとあらし世は美しき花の雨 | 素月 |
どの牛もよう寝て居るぞさくらちる | 一白 |
花守が余所(よそ)の花見る月夜哉 | 月船 |
花に白髪今年は隠しおふせたり | 兄直 |
尺 |
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花ちりて恥しいほど寝られけり | 他阿 |
むだ骨も花にせわ(は)しき世なりけり | 浙江 |
尺 |
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本坊の夜は鎮りて華の雨 | 素廸 |
松風や花見る人の耳を吹 | 近嶺 |
上サ |
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麦畑のひくみのさくら咲にけり | 雨十 |
老はものゝ桜見るにも泣れけり | 遲月 |
寝がへれば花に近寄る旭かな | 雨塘 |
咲ものに里はして置く桜哉 | 翠兄 |
花ならば捨て咲せよ鱠皿 | 杉長 |
世の中は月夜烏も花の中 | 郁賀 |
暮の色は腹の中迄雨の花 | 素郷 |
月夜かけて花の寿ぎ願ふなり | 平角 |
古里にくらぶれば散る桜かな | 乙二 |
咲初て裏なき一重ざくら哉 | 春蟻 |
遠くから見てもおかれぬ桜かな | 巣兆 |
八重ざくらかひぬ一木もなかりけり | 道彦 |
なまなかにかへる家あり華盛 | 成美 |
はる雨やあみ笠ごしの音羽山 | 成美 |
二年子の大根の原やなく雲雀 | 巣兆 |
芋の子もまた梅に逢ふ祝かな | 護物 |
虚舟(からぶね)の流れあたりぬ白露に | 寥松 |
花果て揃ひし樹々の気色哉 | みち彦 |
鶯やまさ木植れば啼に来る | 完来 |
踏込で雀も孕め水たまり | 一瓢 |
亀の子も喰ずや柿〔の〕虫腐り | 可麿 |
名月やこよひもこちの榎から | 一蛾 |
都出て露に寝たがる法師哉 | 幽嘯 |
手の陰になるや夜寒のうつしもの | 対竹 |
うかうかと人に生れて秋のくれ | 一茶 |
潮させ水鶏の胆をつぶす程 | 久藏 |
漣やうぐひすひとつ草の中 | 諫圃 |
名月や質屋の松を鼻の先 | 可良久 |
燕の来て口上のながさ哉 | 一瓢 |
いつも来る鳩杖どのや初ざくら | 車両 |
○ |
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干る汐や松の居所も遠くなる | 国村 |
尺 |
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雲の峰蟇の見はりて暮にけり | 至長 |
女 |
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島山の茂りに入し潮かな | 星布 |
下サ |
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万歳にうちむかへけり酒の酔 | 雨塘 |
隠家や思ふ所にことし竹 | 一白 |
秋の月親の建たる家に住 | 月船 |
手に居ん暮の月夜の礒家哉 | 双樹 |
木母寺に果しの付や雪見舟 | 兄直 |
不二の根のあればぞ我も薬喰 | 恒丸 |
○ |
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尺 |
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小坐敷や入替りても秋の暮 | 素廸 |
から鮭の師走がましき柱かな | 近嶺 |
尺 |
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花鳥の数に置たき生海鼠(なまこ)哉 | 鶴老 |
いろいろに風はかわ(は)れど春の水 | 素月 |
人の口に戸は立られぬ秋の風 | 其翠 |
○ |
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ヒタチ |
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けふも赤しきのふも赤し烏瓜 | 翠兄 |
鳰の子をそだてゝやれよ花真菰 | 湖中 |
山影や苗代つくる小山伏 | 松江 |
朝露や心のまゝに草の庵 | 亀文 |
冬の来て取はなれたる野寺哉 | 可来 |
尾長鳴く夏山雨をふくみけり | 鷺白 |
信中にて |
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かぎりなき木曽をむかふ(う)に月見哉 | 竹里 |
鹿もつゞくかはつ雁の道 | 素檗 |
めためたと稲の匂ひの黄に成て | 士朗 |
朝気の海老の煮こぼれけり | 竹有 |
番匠のさへづり拍子にぎはしく | 一草 |
山の切所をうける冷風 | 岳輅 |
古人の部 |
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月は月夜は短夜となりにけり | 暁台 |
人音の止時夏の夜明かな | 蓼太 |
影そゞろ地に落付ず朧月 | 素丸 |
雛祭り盆三日よりあはれ也 | 五明 |
秋の雨面白ければおもしろし | 松兄 |
駿河 |
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一日にちらでものうき柳かな | 吐月 |
信濃 |
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ひとりゐる仏も持ずけさの秋 | 柳荘 |
越後 |
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みよしのゝ栖々や花の中 | 徐々坊 |
上総 |
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冬枯や中(仲)よく見ゆる三軒家 | 花嬌 |
竹里亡父 |
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白ぎくや染るばかりが秋ならず | 井五 |