小林一茶

『迹祭』
文化13年(1816年)11月、長沼の門人魚淵が桃青霊神を森田神社に勧請、社殿を造営した記念集として、一茶が代撰したもの。
「桃青霊神」は芭蕉の神霊。
寛政3年(1791年)、神祇伯白川家から「青桃霊神」の神号が授けられた。
桃青霊神詫宜(託宣)に曰はつ時雨
『七番日記』(文化9年4月)
守田神社

最初に一茶の序文がある。
されば我友魚淵、筑紫高良山なる桃青霊神を勧請して、歌うら(占)にまかせて、みず(づ)がきに木槿を植まはしけるを、神慮にやかなひけん、ほちやほちやとしげりて、又その花に等しく、日々あらたに蕉風吹おこりぬれば、主はますます月々のまつりかゝさず、しんじちにとりおこなふ。けふもそのまつり日なりけり。
次に一茶と魚淵の歌仙。
法楽
御宝前にかけ奉るはつしぐれ
| 一茶
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文化十年十月吉日
| 魚淵
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文化10年(1813年)10月12日、長沼の経善寺で芭蕉会があった。
十二 晴 長沼ニ入 経善寺有芭蕉会
『七番日記』(文化10年10月)
経善寺の住職は、長沼の門人立花呂芳。
門前の婆々が榎の涼し過
| 一茶
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連歌めせめせ萩も候
| ゝ
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向島の梅屋敷(百花園)に加藤千蔭が「お茶きこしめせ、梅干も候ぞ」と書いた掛け行燈があったそうだ。
文化13年(1816年)11月に刊行されたようだ。
六 晴 『迹祭』六十部信州送
『七番日記』(文化13年11月)
著名俳人に配ったが、道彦や完来はろくに返事をしなかったようだ。
みち彦・完来両人は、集とゞけ申候ても、返事いたさざるや(よ)し、世間あいつらへはて(照)り申まじく候間、右御せうち可被下候。
魚淵宛て書簡(文化13年12月2日)
「みち彦」は金令舎鈴木道彦。「完来」は雪中庵四世大島完来。
陸奥から九州まで各地の俳人の句が紹介されている。
広前にて
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烏子や大きな口へあきの風
| 松宇
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暮るまでかゝつてけふも一葉哉
| 春甫
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夕ぐれの一際立ぬくさのはな
| 呂芳
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山焼くやひそかに見ゆる大桜
| 完芳
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薪割が絵ときしにけり涅槃像
| 魚淵
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人すきは見てもよき也うめの花
| 梨翁
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顔見せや先弁慶が梅の花
| 葛三
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虫鳴や月も大きうなるまゝに
| 八郎
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雲となり淡(泡)と成り水の日ぞ永き
| 如毛
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雉子提し人にきじ鳴曇り哉
| 雲帯
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あすは我と起くらべせよ門の蝶
| 武曰
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陽炎に背中まかせて草まくら
| 文路
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すやすやと若葉の下の楽寝哉
| 反古
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| アサノ
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西行の昼寝の跡のかすみかな
| 竜卜
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雪降やくらきかたより少しづゝ
| 文虎
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| 石村
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音のして流るゝやうぞ銀河
| 白齋
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| タカイノ
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夕立や何処へのさばる蔦かづら
| 春耕
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| ユ田中
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椿ほどつめたき花はなかりけり
| 希杖
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汗かきし畑を桜の木の間哉
| 其翠
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さきのとしの大なひ(ゐ)に鳥海山はくづれて海
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を埋め、甘(蚶)満寺はゆりこみ沼とかはりぬ。さ
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すがの名どころも、まことにうらむがごとく
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なりけり。
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象がたの欠(かけ)を掴で鳴く千鳥
| 一茶
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相馬旧都
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蚊の声や将門どのゝかくし水
| 焦雨
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いまひとり住まばつぶれん花の宿
| 素檗
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あさがほやとりつくものも草の花
| 若人
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外ヶ浜
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けふからは日本の雁ぞ楽に寝よ | 一茶
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越 後
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木母寺に三日月さすや春の水 | 竹里
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閑古鳥こゝろ長くも鳴事よ
| 幽嘯
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陸 奥
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永き日のはしから出たり三日の月 | 雨考
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菊の香や外にほしげもない小家 | 百非
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六浦
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しぐるゝや鐘鳴かたが称名寺 | 冥々
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二人して立別れ見るやなぎ哉 | 曰人
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別恋
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無理いふ(う)て帰る報ひ(い)や夜の雪 | 素郷
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春の雨昼は外やまをぬらしけり | 平角
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芭蕉忌
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寂しさの冬の主かな我仏 | 乙二
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| 松前
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月代やつれにはぐれしきりぎりす | 布席
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出 羽
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鶯の音を尊がる山家かな | 野松
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茶上戸の世とはなりけり杜若 | 可来
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上 野
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下陰へちよつと引越すゞみかな | 鷺白
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| 雲水
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古里へ盆しに来ても草まくら | 碓令
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武 蔵
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むつ(陸奥)殿の花火は過ぬ天の川
| 金令
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閑室独座
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日は過ぬ木ずゑの柿と見あひつゝ | 成美
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ひとへ桜露おくほどは咲のこす
| 完来
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いとゞなけ恥かき道具見ぬふりに
| 寥松
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春の夜の闇は袂をさらぬなり
| 午心
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桜戸にあがり勝手はなかりけり
| 其堂
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十月十二日
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わが宿は紙衣の音を奉る | 一峨
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つゆの世と見へ(え)てさつさと蓮の花 | 車両
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雀等がうめも咲けり川ばたに | 久藏
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笋や月夜ねがひてぬすまれし | 応々
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題西行上人
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此おくに住人あれなやま清水 | 成美
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かよひ来て此家の猫と成にけり | 対竹
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を(お)どけても角力になるぞ宵月夜
| 国村
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正月が来たうへに又うめの花
| 一瓢
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下 総
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うぐひすのあくもの喰や老仲間
| 雨塘
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あさがほに引からまりし白髪かな
| 素迪
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蝶飛やねからあゆまぬ初太郎
| 至長
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天窓(あたま)から雪解(ゆきげ)の音も籠り堂
| 一白
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両国
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虫売の出て夜に入るやうすかな
| 月船
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閑古鳥背戸から人の来るかして
| 李峰
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大坂にて
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四ツ橋やひとつ踏でもほとゝぎす
| 斗囿
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| 古
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木母寺へ行うと鳴歟いかのぼり
| 双樹
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石臼も露とちるべき草屋哉
| 鶴老
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常 陸
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青柳に潜り込だる月夜かな
| 湖中
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花咲てあはれに成ぬ名なし草
| 松江
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上 総
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馬の尾もながめられけり夏の月
| 白老
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石なごの玉にもかゝれふぢの花
| 雨十
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あさがほにおつつぶされし草家哉
| 子盛
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安 房
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汁の実にむしり込たしうめの花
| 都賀
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| (郁)
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これといふ花もなけれど背戸の山
| 杉長
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相 摸(模)
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鵜づかひが門あらはすやけさの秋
| 雉啄
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百人が百人寒し鼻の穴
| 支兀
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貝甲(ヘタナリ)は眠し松魚はあはたゞし
| 洞々
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甲 斐
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若角力まけるにつけて贔屓哉
| 可都里
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うぐひすやあらしのひまの一拍子
| 漫々
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近 江
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合点して聞ばきくほどかんこ鳥
| 亜渓
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京
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朝がほにとりまかれけり槇の島
| 雪雄
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人しれぬ身はしづかなり朧月
| 瓦全
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摂 州
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陽炎に息ふきかけついせの海士
| 尺艾
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さみだれも日ましに成ぬ野菜売
| 奇淵
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| 河内
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あらし山鳥のさかりとなりにけり
| 耒耜
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| ビンゴ
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めのまへに見えて口をし春のゆき
| 古声
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九 州
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川舟のそばまで来たり若菜つみ
| 祥禾
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最後に魚淵の跋文がある。
ある人問ふ。「此山王の森の辺りは、三ヶ月堀とて、よしあしの茂りもことさらに、殊に螢の卓散にて、昼も折々舞歩行(あり)けば、『ひる見れば』といふ螢の句こそ、所にかなひたらめ。道ばたにもあらざるに、木槿何のゆかりありや」といふ。おのれ答ふ。「いかにも申さるゝ通り、螢はつかみ捨る程あり。去ながら『首筋赤き螢かな』などの句、石にゑりつけなば、芭蕉翁草葉の陰から首すぢより汗を流し、なんぼうかなしくやおぼしめさむと思ふものから、かたの如くいとなみ侍る。すべての人の心、おもてのごとく同じからざれば、人のあたまの蠅の世話やかむよりは、汝はなんぢの螢をせよ。我わが木槿を」と盃を納ぬ。
文化十二年十月十二日
晝見れは首筋赤きほたる哉は、「存疑」の句とされる。
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