藤森素檗

『信濃札』(素檗編)

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文化9年(1812年)5月16日、井上士朗没。

同年、士朗の追善に信濃の善光寺に詣で、魂祭を行った記念集。

12月8日、久保島若人跋。

 文化10年(1813年)閏11月14日、一茶は素檗から『信濃札』が送られる。

十四 陰 諏方(訪)従素檗『信濃札』一部二冊来

『七番日記』(文化10年閏11月)

   蕣 萩

雨ばれや小はぎがもとの門あかり
   雲帯

萩の花瀧本流の手本かな
   嵐外

僧に向てはツ蕣の咲けりな
   武曰

茶もらひに来人々や萩の痩
   漫々

なまめきのうツるや萩の末ばより
   希杖

あさがほの初手や寝覚の出来心
   正阿

あさかほの花を葺たる菴かな
   一茶

忘れても萩ハ能日に散にけり
   若人

幾朝も蕣聞せ耳の穴
   一作

   桔梗 荻

あハれさハ桔梗の花の白き日に
   八郎

   藤袴 我亦紅

啄木鳥の脛に懸るや藤袴
   蟹守

      信濃札集
   士朗居士

   善光寺

朝な朝な虱掃出す御堂哉

はつ秋の河瀬に立る小笹かな

よろづ世や山の上よりけふの月

日の暮ぬ日はなけれども秋の暮

けふも見へけふも見へけり不尽の山

向ふ行舩の高さよ閑古鳥
   尾張
岳輅

我宿は桐の木持て秋はやし
滄波

白妙や物忘れする雪の中
   三河
秋挙

雪ハ良き物よ木の切竹の端
卓池

蓮の根の穴から寒し彼岸過
   江戸
巣兆

阿房とハ誰子いふらん華菫
國村

水鶏にもうとまれがまし世にあれバ
   陸奥
雄渕

誰もなき別れやう也猫の恋
曰人

蜂の子の散か桜の朝雫
   江戸
成美

聟にてもつゝ走らふか更衣
一瓢

思ふ図をはづさぬ雉子のほろゝ哉
一峨

二ツ三ツ喰ふが誠の雑煮かな
   江戸
道彦

燕来て蚊屋つり草ももゆる也
護物

投込で見度家あり笹粽
   
乙二

草の露先実のりけり郭公
百非

妻木あり水あり住バ春の山
巣居

頤を風の吹の歟鹿の聲
寥松

老て行長者に子なき寒かな
   
冥々

朝皃の隔はやまじ小夜砧
   江戸
素玩

牛嗅き風に行逢ふ若葉哉
對竹

人更に幽なり山ほとゝぎす
   
平角

よき水の走る音する若葉かな
素郷

夜の鷹鈴粉をさして淋しひか
   出羽
長翠

夕立や洗ひ出したるつなぎ鯉
   上野
鷺白

八九年問ぬ在所を鹿の秋
   相模
葛三

旅人の月代青き小春かな
雉啄

蔓草や何處迄延て盆になる
洞々

古寺や牡丹問ふ間に佛生會
   下総
素迪

漣をあふぎ立たる清水かな
至長

三日月ハものゝ紛れに見たるかな
翠兄

花の人柳のかげに帰りけり
湖中

大利根や移も真菰といふ斗り
兄直

春霞喰れぬ草もなかりけり
   安房
郁賀

柴折バ鴬いぬる夕べかな
雪雄

朧夜のまだ捨兼て草の霜
玉屑

草の戸ハぐツぐツ汁に春の月
丈左

朝戸出や傘のうちより遠柳
一草

梟の一夜騒ひで春の雪
   河内
耒耜

名月の道作り居からす哉
   大坂
奇渕

八十八夜菊菜の花が咲にけり
三津人

古郷は夜の蛙となりにけり
   伊豫
樗堂

南瓜はおかしミ多き月夜哉
   備中
閑斉

松かげの夕湿りする紅葉哉
幽嘯

嵐にも霧にも衣ひとツかな
竹里

   文化九年臘八

      鵞湖 若人識

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