虚子句碑


年尾句碑

年尾の句

高浜虚子の長男。「年尾」の名は正岡子規の命名による。

 大正8年(1919年)、高浜年尾は丹毒で小樽病院に入院。

 大正9年(1919年)1月、高浜虚子は年尾の見舞いに行った。

 大正13年(1924年)、小樽高等商業学校(現小樽商科大学)卒業。

 昭和21年(1946年)11月18日、高浜虚子は秋月を訪れる。年尾・立子同行。

 昭和23年(1948年)6月10日、高浜虚子は氷川丸に乗船。小樽へ。年尾・立子同行。

 昭和27年(1952年)11月8日、城島高原に虚子親子句碑の除幕式。虚子は年尾・立子を伴って臨席した。

 昭和31年(1956年)6月4日、高浜虚子は上野発。5日、羽黒山に登り、芭蕉の跡を訪ねた。年尾同行。「最上川」

 昭和32年(1957年)12月15日、『年尾句集』刊行。

 昭和34年(1959年)、虚子より『ホトトギス』主宰を継承。

 昭和35年(1960年)9月11日、小泉八雲旧居に虚子句碑除幕。

 昭和41年(1966年)10月、合田丁字路の句碑建立。碑陰に高浜年尾の撰文がある。

 昭和43年(1968年)6月10日、小野屋に虚子句碑除幕。

 昭和54年(1979年)10月26日、78歳で死去。



わが橇の馬が大きく町かくす

弁天歴史公園(北海道石狩市)



行春の梅見といふも羽にあれば

正伝寺(秋田県横手市)



締切の雨戸に窓や雪籠

八幡神社(秋田県能代市)



月山の裏に表に残る雪

出羽三山神社(山形県鶴岡市)



一水の緑蔭に入るところかな

高野山奥の院(和歌山県伊都郡高野町)



旅半ば春行く那智の大滝に

飛瀧神社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)



小春日や鳴門の松の深みどり

鳴門スカイライン(徳島県鳴門市)



踊れよと呼びかけられし旅の我

天神社(徳島県徳島市)



盆に来て海女をとむらふ心あり

志度寺(香川県さぬき市)



これやこの団扇祭を見に来たり

吉田病院(香川県丸亀市)



お遍路の美しければあはれなり

善通寺西院(香川県善通寺市)



なつかしき父の故郷月もよし

萬翠荘(愛媛県松山市)



軒を出て気づかぬほどの秋時雨

稲荷邸(愛媛県伊予郡砥部町)



お遍路の静かに去って行く桜

土佐国分寺(高知県南国市)



京の名の山あり幡多の春秋を

為松公園(高知四万十市)



足摺にはじまる土佐の春かとも

足摺岬灯台(高知県土佐清水市)



土器に浸みゆく神酒や初詣

曩祖八幡宮(福岡県飯塚市)



石垣はみな坊址や蔦紅葉

英彦山神宮(福岡県田川郡添田町)



飾山笠見る約束に集ひけり

櫛田神社(福岡県福岡市)



紫は水に写らず花菖蒲

太宰府天満宮(福岡県太宰府市)



冬耕の水城といへる野を急ぎ

佛心寺(福岡県太宰府市)



薫風や国を護りの神として

宇佐神宮(大分県宇佐市)



春の滝白き裳裾を岩に展べ

竜門の滝(大分県玖珠郡九重町)



熔岩(ラバ)色を重ねて古りて冬ざれて

なぎさ遊歩道(鹿児島県鹿児島市)

高浜虚子・年尾の句碑


北國の時雨日和やそれが好き
   虚子

秋深き犀川ほとり蝶とべり
   年男

犀星のみち(石川県金沢市)

高浜虚子・年尾の句碑


いてふの根床几斜めに茶屋涼し
   虚子

我もまた銀杏の下に涼しくて
   年尾

日枝神社(山形県山形市)

高浜虚子・年尾・立子の句碑


野遊の心足らへり雲とあり
   年尾

白牡丹といふといへども紅ほのか
   虚子

空といふ自由鶴舞ひやまざるは
   立子

国清禅寺(兵庫県南あわじ市)



  こゝに見る由布の雄岳や蕨狩
   年尾

大夕立来るらし由布のかき曇り
 虚子

  これがこの由布といふ山小六月
   立子

城島高原パーク(大分県別府市)

高浜虚子・年尾・立子・汀子の句碑


大浪に静かな寺や夏炉守る
   立子

冬海や一隻の舟難航す
   虚子

夏炉守り寺守り雨の一日寒
   年尾

この浜に立ちし虚子あり蝦夷の夏
   汀子

(北海道白老郡白老町)

高浜虚子・年尾・汀子の句碑


天地の間(あわい)にほろと時雨かな
   虚子

行秋の八代日和蝶多し
   年男

一本の紅葉に染まりゆくわれか
   汀子

春光寺(熊本県八代市)

高浜年尾・稲畑汀子の句碑


冬は憂しといひし七尾の花に来し
   年尾

帰る気になかなかならず山車に従き
   汀子

小丸山城址(石川県七尾市)

高浜年尾・稲畑汀子・稲畑廣太郎の句碑


秋風や竹林一幹より動く
   年尾

水音のかすかにありて涼しさよ
   汀子

囀に囀重ね神の杜
   廣太郎

吉備津彦神社(岡山県岡山市)

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