虚子句碑


立子句碑

 明治36年(1903年)11月15日、東京府麹町区富士見町(現・東京都千代田区)に生まれる。高浜虚子の次女。

 大正14年(1925年)、鎌倉彫職人の星野吉人と結婚。

 昭和5年(1930年)2月、長女早子(のちの星野椿)誕生。

 昭和5年(1930年)6月、初の女性による主宰誌『玉藻』を創刊する。

 昭和8年(1933年)6月16日、高浜虚子は旭川俳句大会のため北海道へ。立子同行。

 昭和21年(1946年)11月18日、高浜虚子は秋月を訪れる。年尾・立子同行。

 昭和23年(1948年)6月10日、高浜虚子は氷川丸に乗船。小樽へ。年尾・立子同行。

 昭和27年(1952年)11月8日、城島高原に虚子親子句碑の除幕式。虚子は年尾・立子を伴って臨席した。

 昭和30年(1955年)5月、「詫びの旅」

 昭和34年(1959年)5月、虚子の跡をを承けて、中村草田男 石田波郷と共に朝日新聞の俳壇選者となる。

 昭和40年(1965年)4月8日、『虚子一日一句』発行。

 昭和59年(1984年)3月3日、80歳で死去。

 昭和59年(1984年)、星野椿は『玉藻』主宰を継承。



春風にのり大天狗小天狗

高尾山薬王院(東京都八王子市)



大佛の冬日は山に移りけり

高徳院(神奈川県鎌倉市)



古さとに似し山河かな遍路くる

曩祖八幡宮(福岡県飯塚市)



虚子堂と名つけしことよ萩芒

佛心寺(福岡県太宰府市)

高浜虚子・年尾・立子の句碑



野遊の心足らへり雲とあり
   年尾

白牡丹といふといへども紅ほのか
   虚子

空といふ自由鶴舞ひやまざるは
   立子

国清禅寺(兵庫県南あわじ市)



  こゝに見る由布の雄岳や蕨狩
   年尾

大夕立来るらし由布のかき曇り
 虚子

  これがこの由布といふ山小六月
   立子

城島高原パーク(大分県別府市)

高浜虚子・年尾・立子・汀子の句碑


大浪に静かな寺や夏炉守る
   立子

冬海や一隻の舟難航す
   虚子

夏炉守り寺守り雨の一日寒
   年尾

この浜に立ちし虚子あり蝦夷の夏
   汀子

立子ゆかりの地

句碑除幕すぐに似合ひて蝶とべり

観音埼灯台(神奈川県横須賀市)

星野椿の句碑



春風や森羅万象瑞々し

高尾山薬王院(東京都八王子市)



逢坂の流れは清し初桜

関蝉丸神社(滋賀県大津市)

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