金子兜太の句碑

金子兜太ゆかりの地


 大正8年(1919年)9月23日、埼玉県比企郡小川町の母の実家で生まれる。

 昭和16年(1941年)、東京帝国大学経済学部に入学。

 昭和18年(1943年)、大学を繰り上げ卒業、日本銀行へ入行した。海軍経理学校に短期現役士官として入校。

 昭和19年(1944年)2月、海軍主計中尉に任官。3月、トラック島に赴任。

 昭和21年(1946年)11月、最終復員船で帰国する。

水脈の果炎天の墓碑を置きて去る

『少年』

 昭和22年(1947年)2月、日本銀行に復職。

 昭和22年(1947年)4月、塩谷みな子と結婚。

 昭和22年(1947年)、浦和に住む。

 昭和24年(1949年)、浦和から竹沢村(現:小川町)に移る。

 昭和25年(1950年)12月、福島支店に転勤。

 昭和28年(1953年)9月、神戸支店に転勤。

 昭和32年(1957年)9月、山口誓子を訪問。

 昭和33年(1958年)1月、長崎転勤に転勤。

 昭和35年(1960年)5月、東京に転勤。

 昭和37年(1962年)、隈治人、林田紀音夫、堀葦男らと同人誌「海程」を創刊。

 昭和42年(1967年)7月、熊谷に転居。

 昭和49年(1974年)9月30日、日本銀行を定年退職。

 昭和60年(1985年)、「海程」主宰に就任。

 平成15年(2003年)、日本芸術院賞を受賞。

 平成17年(2005年)、日本芸術院会員となる。

 平成16年(2004年)12月27日、母はる104歳で他界。

 平成18年(2006年)3月2日、妻みな子他界。

 平成30年(2018年)2月20日、98歳で没。

龍飛崎

(青森県東津軽郡外ヶ浜町)

松島遊覧船

(宮城県宮城郡松島町)

名湯「うなぎ湯」の宿ゆさや
名湯「うなぎ湯」の宿ゆさや
鳴子温泉(宮城県大崎市)

本合海

(山形県新庄市)

最上川

(山形県最上郡戸沢村)

不動湯温泉

(福島県福島市)

長勝寺

(茨城県潮来市)

与謝野晶子の歌碑

谷川温泉(群馬県利根郡みなかみ町)

千明仁泉亭

伊香保温泉(群馬県渋川市)

湯けむりにふすぼりもせぬ月の貌

光泉寺(群馬県吾妻郡草津町)

長谷川かな女の句碑

調神社(埼玉県さいたま市)

矢立初の碑

大橋公園(東京都足立区)

栗林一石路の句碑

(長野県小県郡青木村)

一茶堂

湯田中温泉(長野県下高井郡山ノ内町)

心の字に水も流れて梅の花

おぶせ六川天満宮(長野県上高井郡小布施町)

袋屋清左衛門邸

(長野県中野市)

父ありてあけぼのみたし青田原

三本松(長野県上水内郡飯綱町)

小丸山公園

(長野県上水内郡信濃町)

俳諧寺一茶堂

(長野県上水内郡信濃町)

坂口安吾の文学碑

(新潟県新潟市)

蓮如像

吉崎御坊(福井県あわら市)

芭蕉の句碑

氣比神宮(福井県敦賀市)

常高寺

(福井県小浜市)

那智の滝

(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)

東行庵

(山口県下関市)

南郷庵

西光寺(香川県小豆郡土庄町)

金刀比羅宮

(香川県仲多度郡琴平町)

石手寺

(愛媛県松山市)

一草庵

(愛媛県松山市)

庚申庵

(愛媛県松山市)

原爆句碑

長崎原爆資料館(長崎県長崎市)

磨崖佛

(大分県豊後高田市)

秋晴の大観峰に今来り

大観峰(熊本県阿蘇市)

林芙美子碑

古里公園(鹿児島県鹿児島市)

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