よい気節ですね、私はやすらかな旅をつゞけてをります、御温情ハ大山君を通して頂戴いたしました、昨日高松より上ノ庄へ、西光寺で泊めていたゞきました、今朝ハ放哉坊の墓を展し、そして寒霞渓を観賞いたしました、明日高松へ引き返します、奥様によろしく、おたよりハ阿波撫養局留置で、そのうちまた、南郷庵にて(庵主は東上中) その松の木のゆふ風ふきだした
昭和14年10月22日、木村緑平宛書簡 |
咳をしても一人 | 放哉 |
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その松の木のゆふ風ふきだした | 山頭火 |
咳をしても一人 | 尾崎放哉 |
本名 秀雄 明治18年1月鳥取県生 大正14年8月 西光寺奥の院南郷庵(みなんごあん)に入る 同15年4月7日南郷庵にて 死去42才 自由律俳句結社層雲同人 |
その松の木のゆふ風ふきだした | 種田山頭火 |
本名 正一 明治15年山口県生 昭和3年7月と同14年10月 放哉墓参のため来島 同15年10月11日 松山市一草庵にて死去 58才 自由律俳句結社層雲同人 平成16年4月7日
「放哉」南郷庵友の会建立 |
昭和14年(1939年)10月25日、山頭火は小豆島から高松に渡り、屋島から志度寺、長尾寺、大窪寺を巡拝している。 |
昭和29年(1954年)4月18日、水原秋桜子は南郷庵を訪れている。 |
土庄のはづれに尾崎放哉氏の住みし庵あり。 南郷庵とて小豆島五十八番の霊場なり あなむさき干潟を前の庵(いお)ならずや
『帰心』 |