2016年香 川

西光寺〜山頭火と放哉の句碑〜
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小豆島の土庄町本町銀杏通に西光寺という寺がある。


四恩門


小豆島八十八ヶ所霊場第58番。高野山真言宗である。

よい気節ですね、私はやすらかな旅をつゞけてをります、御温情ハ大山君を通して頂戴いたしました、昨日高松より上ノ庄へ、西光寺で泊めていたゞきました、今朝ハ放哉坊の墓を展し、そして寒霞渓を観賞いたしました、明日高松へ引き返します、奥様によろしく、おたよりハ阿波撫養局留置で、そのうちまた、南郷庵にて(庵主は東上中)

   その松の木のゆふ風ふきだした

昭和14年10月22日、木村緑平宛書簡

大銀杏の木の下に山頭火と放哉の句碑があった。


咳をしても一人
  放哉

その松の木のゆふ風ふきだした
  山頭火

中央は井泉水の絵。

咳をしても一人
  尾崎放哉

本名 秀雄 明治18年1月鳥取県生 大正14年8月 西光寺奥の院南郷庵(みなんごあん)に入る 同15年4月7日南郷庵にて 死去42才

   自由律俳句結社層雲同人

その松の木のゆふ風ふきだした
  種田山頭火

本名 正一 明治15年山口県生 昭和3年7月と同14年10月 放哉墓参のため来島 同15年10月11日 松山市一草庵にて死去 58才

   自由律俳句結社層雲同人

平成16年4月7日

「放哉」南郷庵友の会建立

 昭和14年(1939年)10月25日、山頭火は小豆島から高松に渡り、屋島から志度寺長尾寺大窪寺を巡拝している。

 昭和29年(1954年)4月18日、水原秋桜子は南郷庵を訪れている。

   土庄のはづれに尾崎放哉氏の住みし庵あり。
   南郷庵とて小豆島五十八番の霊場なり

あなむさき干潟を前の庵(いお)ならずや

『帰心』

奥之院


誓願之塔

昭和51年(1976年)、建立。

尾崎放哉記念館へ。

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