昔の旅日記長 野

大法寺〜三重塔〜

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あずまや温泉から国道144号に出て、上田に向かう。

上田で国道143号に入り、青木村へ。


大法寺に行く。

大法寺の宗派は天台宗

国宝大法寺三重塔


その美しさから思わず振り返るというのか、「みかえりの塔」の名がある。

大法寺三重塔は鎌倉末期の天慶2年(1333年)に建てられた。

明治32年4月29日指定。

裏山から写真を撮ってみた。


 昭和46年(1971年)4月18日、水原秋桜子は大法寺の三重塔を見ている。

 雨はまだ止まぬ。それに寒さも相当なのでゆっくり出発した。途中、塩田という町に廻り、大法寺の三重塔というのを見た。鎌倉時代のもので国宝である。雨の中で鶯が鳴きつづけ、枝垂桜が美しかった。天気だと花見客で雑とうするらしい。雨の方がよかったかもしれぬ。

「日記抄」

道端の黄色い花に蜻蛉(とんぼ)が留まった。


黄色い花はキンミズヒキだと思う。

大法寺の境内には萩の花。


秋の訪れは速い。

栗林一石路(いっせきろ)の句碑があった。


シャツ雑草にぶっかけておく

自由律俳句である。

栗林一石路、本名は農夫(たみお)、1894年青木村に生まれる。

向ふ山の青さから自転車できた

プロレタリア俳句運動の中心となった一石路が故郷の青木村に帰った時の作品。

昭和36年(1961年)5月25日、66歳で死去。

 朝、横山さんから栗林一石路の死を告げられる。通夜に訪れると、壺井繁治や橋本夢道、神代藤平などいて賑やか。小生酔って大いに喋り、また石原八束の家で喋る。

『金子兜太戦後俳句日記』

平成3年(1991年)5月25日、金子兜太は句碑除幕で青木村へ。

 栗林一石路句碑除幕で、上田市外の青木村へゆく。山美し。特急は一杯だったが、原一行が乗っていて、席を譲ってくれる。原と軽井沢まで話し、離れていった連中の消息を聞く。この人たちに小生の反撥感なし。

 句碑「シャツ雑草にぶっかけておく」。あと、文化会館で記念大会。集る者多し。

『金子兜太戦後俳句日記』

十二単(じゅうにひとえ)が咲いていた。


田沢温泉へ。

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