『奥の細道』


史跡おくのほそ道矢立初の碑

熊野神社から千住大橋を越えると、足立区。


千住大橋


 足立区の大橋公園に「奥の細道矢立初めの地」と「史跡おくのほそ道矢立初の碑」があった。

奥の細道矢立初めの地


史跡おくのほそ道矢立初の碑


 千じゆと云ふ所にて船をあがれば、前途三千里のおもひ胸にふさがりて、幻のちまたに離別の泪をそゝく。

行く春や鳥啼魚の目は泪

 是を矢立の初として、行道なをすゝまず。人々は途中に立ちならびて、後かげのみゆる迄はと見送なるべし。

平成元年(1989年)、金子兜太は「矢立初の碑」の除幕式に立ち合っている。

 足立区の郷土博物館にゆき、まず、千住大橋際の小公園に出来た芭蕉矢立の碑と行路図の除幕式に立合い、あと十分ほど喋る。二時−三寺、おくのほそ道のこと講演。会場をはみ出し、三十名ほどがテレビで聴いてくれる。

『金子兜太戦後俳句日記』

 「行く春や鳥啼魚の目は泪」の句碑は荒川区の素盞雄(すさのお)神社にもあるが、芭蕉は千住のどちら側で船を上がったのだろうか。

千住宿へ。

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