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鳴子温泉「湯の宿吟の庄」のお姉さんに勧められて、「名湯「うなぎ湯」の宿ゆさや」(HP)へ。 |

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昭和11年に改築された建物で、木造二階建て、入母屋造りのかわらぶき屋根。登録有形文化財である。 遊佐一族は山形県飽海(あくみ)郡遊佐(ゆざ)町の豪族。寛永9年(1632年)、遊佐美作守継光(ゆざみまさかのかみつぐみつ)は鳴子に移って湯治人宿を建設し「遊佐屋(ゆざや)」を起こす。後に当主は代々遊佐勘左衛門(ゆざかんざえもん)を名乗る。当代は、ゆさや17代遊佐勘左衛門。 また一族の遊佐勘解由宣春(ゆざかげいゆのぶはる)は代々岩手の関(通称尿前(しとまえ)の関)の関守。尿前の関で芭蕉を取り調べたのは関守宣春。 |

| 泉質は含硫黄−ナトリウム−硫酸塩泉 低張性アルカリ性高温泉。(旧泉質名 含芒硝−硫黄泉)。pH8.9。泉温は99.5℃。 |
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ゆさやの名湯「うなぎ湯」は文政年間の『大八州遊記』やその後の『撫子日記』等に紹介され、既に江戸時代中期には世に知られていました。 地下65メートルから99.5度で湧出する芒硝泉で、アルカリ泉とも呼ばれます。天候や気温の変化で色がエメラルドからカラス色へと日によって変化する神秘の温泉です。 肌ざわりは滑らかでソフト。ぬるぬるした感触がありますが、これが肌を良くするのに効果があります。「うなぎ湯」と呼ばれる所以です。 |
| 昭和60年(1985年)10月13日、金子兜太は「ゆさや旅館」から尾花沢へ。 |
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ゆさや旅館を九時すこし過ぎに出て、高野ムツオの車に乗り、尾花沢へ。中村孝史、三浦次郎、山口万千百。 尿前の関、封人の家を見物し、山刀伐峠を横目に見て尾花沢へ。峠、三分の紅葉。時雨。尾花沢清風記念館へ。大類林一と久しぶりに会う。かれの紅花の話よし。
『金子兜太戦後俳句日記』 |
