昔の温泉群 馬

谷川温泉「旅館たにがわ」
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今日は水上温泉に行こうと思って、出掛けた。

関越自動車道水上ICから国道291号に入る。


道の駅「水上町水紀行館」に立ち寄る。

昭和6年(1931年)、上越線清水トンネル開通。

諏訪峡笹笛橋


 昭和7年(1932年)5月10日、与謝野晶子は水上を訪れ、湯原温泉「菊富士ホテル別館」に泊まる。翌11日、湯沢温泉に向かった。晶子54歳の時である。

添ひて立つ柳の幹に勝らぬや温湯の川の木の吊ばしは

岩の群おごれど阻む力なし矢を射つつ行く若き利根川

吊橋と舞へるつばめをなかにして兩つの岸に李(すもも)花咲く

水上の諏訪のやしろの杉むらの中のさくらの白き初夏

『冬柏』(上越遊草)

橋のたもとに与謝野晶子の歌碑がある。


岩の群おごれど阻むちからなし矢を射つつ行く若き利根川

 昭和60年(1985年)4月16日、金子兜太は諏訪峡で与謝野晶子の歌碑を見ている。

 潮出版社の俳句教室。上毛高原駅から旅館のバスで諏訪峡(利根川)にゆき峡谷を歩く。遅れていた峠素子来る。山茱萸の花盛りで、この谷には多し。雪代。与謝野晶子の歌碑に「若き利根川」の語あり。

 旅館「たにがわ」。谷川岳の南面に直面した部屋が素晴しい。宿の主人夫妻も若い。夜、第一回の教室。

『金子兜太戦後俳句日記』

歌碑の向こうに谷川岳がかすかに見える。

みなかみ町の諏訪神社にも与謝野晶子の歌碑がある。

 「旅館たにがわ(HP)」に行こうと思ったが、「旅館たにがわ」は水上温泉ではなく、谷川温泉にあった。

国道291号を左折して谷川温泉へ。

「旅館たにがわ」は日本の宿を守る会の宿。


太宰治「姨捨」執筆の宿。


 昭和11年(1936年)8月、太宰治は谷川温泉「川久保屋」に滞在して「姨捨」を執筆した。この「川久保屋」を増改築したのが「旅館たにがわ」であると書いてある。

日帰り入浴は1,000円で、12時30分から。

日帰り入浴客は住所氏名を書くことになっている。

前に書いてあったのは3日前の日付だった。

「旅館たにがわ」の姉妹店に「仙寿庵(HP)」がある。

「仙寿庵」は別格の宿で、1泊2食で33,000円から。

当然、日帰り入浴など出来ない。

 「旅館たにがわ」で3日ぶりの日帰り入浴客というくらいだから、誰も入っていない。

檜風呂


檜をまるまる一本使用しているそうだ。

お湯は無色透明で、澄んでいる。浴槽から静かにお湯が溢れ出る。

露天風呂


露天風呂のお湯は温め。

泉質は単純泉(弱アルカリ性)、源泉の温度は45℃。

 昭和60年(1985年)4月16日、金子兜太は「旅館たにがわ」で俳句教室。

 旅館「たにがわ」で第二回の俳句教室。昨夜は二時就寝だったが睡気なし。かえって句がひらめく。

   谷川岳南面われとの間に風音一度

 この「一度」の語がでるまでに時間がかかっていたのだとおもう。

   谷川岳南面残雪のいまは灰色

『金子兜太戦後俳句日記』

谷川温泉に若山牧水の歌碑があるというので、探してみた。

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