旅のあれこれ文 学


加藤楸邨ゆかりの地

楸邨の句

   『寒雷』

籾摺りて文学もあらず腹減ると

かなしめば鵙金色の日を負ひ來

畔塗りて新しき野が息づけり

   伊能忠敬先生生家

測量図見むと面よせぬ梅雨暗し

鰯雲人に告ぐべきことならず

寒雷やびりりびりりと真夜の玻璃

   『雪後の天』

隠岐やいま木の芽をかこむ怒涛かな

   明治三十八年五月二十六日、日本海海戦の前日はわが生
   れし日なり

苺くふや日露の遠き誕生日

   藤田嗣治

秋の灯のさびしからざる笑顔かな

時雨忌や芭蕉にのこす十五年

   石田波郷出征

またあとに鵙は火を吐くばかりなり

   金子兜太出征

鵙の舌焔のごとく征かんとす

   『火の記憶』

   新薬師寺十二神将

麦青む新薬師寺へ径いくつ

   五月二十三日(夜大編隊侵入、母を金沢に疎開せしめ、
   上州に楚秋と別れ、帰宅せし直後なり。)わが家罹災

火の奥に牡丹崩るるさまを見つ

   五月二十四日、一夜弟を負ひ(長女道子三男明雄を求
   めて)火中彷徨

雲の峯八方焦土とはなりぬ

明易き襷にしるす生死かな

   『野哭』

   昭和二十年五月二十三日夜、弟を負ひ死を免る、一物
   も余さず

明易き襷にしるす生死かな

雉の眸のかうかうとして売られけり

   (八月七日、釧路一泊、啄木の歌に出づる小奴の営む宿
   なり)

迎へ火の幹を染むるや湖霧の中

迎へ火や沖に呼びゐる船の笛

海霧ふかく焚く火のいろの海に燃ゆ

海までの木が点点と夕焼けぬ

奥蝦夷の海霧の港蜻蛉つり

   (八月八日)阿寒

夕焼は湖の鞠藻にとどかんか

鞠藻手にちぎれちぎれの秋の天

雄阿寒のずりあがりゆく燕かな

雌阿寒の霧ゆけば見えさるをがせ

雌阿寒と湖の鞠藻の月日かな

   摩周湖

片削ぎにカムヰヌプリは夏雲断つ

動くもの一夏天のみさるをがせ

   兜太トラック(島)に健在の報あり

はろかより朝蜩や何につづく

   波郷病む

秋の風書き憂かりけむ字の歪み

   『起伏』

鮟鱇の骨まで凍ててぶちきらる

木の葉ふりやまずいそぐないそぐなよ

   波郷より来信

鉛筆書きの濃く淡く冬嶺濃く淡く

   『まぼろしの鹿』

   茂吉先生永眠(一句)

啓蟄の蒼天のこる茂吉は亡し

   鳳来寺山

人がまねし仏法僧の僧は濁る

   十一月八日・九日、鳴子尿前旧関より羽前赤倉を経て
   刀伐峠を越え、尾花沢に至る。同行、飯野哲二教授・大
   類氏・大高氏・千代子等一行
   陸羽東線車中

三等車農夫の勁きだ行音

秋刀魚括りて百姓歩きの前のめり

火鉢提げゆく重心低き農婦の歩

買物包待たされてをり雪嶺仰ぐ

   敦賀より海上色の浜に渡り、本隆寺に宿る 三句

木の芽峠か春満月の下けぶる

恋猫の蛸壺がくれ相逢ふも

   (産小屋は色の浜の女、子を産む時ここに入る)

冴え返るのみ力綱垂るるのみ

   芭蕉詠みしますほの小貝を拾ふ

掌にありて遠くはるかに春の貝

   倶利伽羅峠

ぜんまいにさめてやさしき今年蛇

   親不知

親不知鵜に黄塵を吹おろす

   糸魚川

花に夜が来て雨飾山宙にあり

   大糸線

淡雪嘗めて貨車の仔牛の旅つづく

   
柳田国男先生逝く、この日また次女明子の日

青箸や乏しけれども庭芒

   芭蕉の山河ところどころ 五句

蝶踏んで身の匂はずや不破の関

   平泉

教師となり僧となり蝉に再会す

炎天の石の負ふ文字過去ばかり

   汐越

手触れたる松の朽木のあつかりき

   大聖寺全昌寺

裏山にあふれ吹きおろす青嵐

   『吹越』

   山刀伐の頂に「奥の細道」の碑が建てられ、頼まれて、
   「高山森森として一鳥聲聴かず」云云七十余字を認めた、
   碑の高さ約二米、鳥海山の石を曳いたものである。時、
   十一月、直ちに碑は雪に埋れ、除幕の式は来春を待つこ
   とになつた

山刀伐の深雪解けまで文字ねむれ

かたくなに年越蕎麦は食はざりき

   蛇笏賞を受ける、賀するあり、叱するあり、我はかはら
   ぬに 一句

閻魔の口に胡桃噛ませて割るべかり

   若き日屡屡訪れし小渕の観音堂には円空の刻みし仏像五
   体あり、誰が建てしか庭の叢に埋れて芭蕉の「物言へば
   唇さむし秋の風」の碑あり

物言へばさむし芭蕉円空に

   弥彦より弘智法印の寺

海の霧黯澹として心太

   十一月二十一日、波郷永眠、その夜通夜

柿の朱にもう言はぬ口置きにけり

柿を過ぎゆく縷のごときもの亡波郷

   加賀松任

累累と毛虫の糞を千代尼塚

   永平寺

曼珠沙華曼珠沙華とはなりきれず

   湯の尾峠旧道、ここは芭蕉の「月に名をつつみかねてや
   痘の神」と詠みしところ

秋の蛇踏むやおどろく日永岳

秋の蛇消えてわが目を痘の神

   種の浜

虫送り終りうつうつ蝗ども

湾底に蟹は孕むか後の月

   赤坂虚空蔵への道にて

一つづつ仏頭撫でてねこじやらし

   津和野の鴎外詩碑に「こがね髪ゆらぎし乙女」とあり

苺ぬすみてくろかみ乙女詩碑のかげ

鴎外の詩を読みて蜂に螫されけり

鴎外の落し釦が苺の実

   出雲大社

めまとひを連れきて何を神の前

   日の御崎

海猫(ごめ)の子に海の断片のびあがる

   松江、小泉八雲旧居にて 二句

虫籠の一脚折れて南風の中

法螺貝のひとを呼びけむ口涼し

   永平寺

金木犀道元留守の床冷ゆる

   気比の明神

雨にゐて月明の樹を思ひをり

   蛤塚の前にて

別るるや何の穂絮か蹤ききたる

   達谷窟 二句

笹鳴や浄土追はれし磨崖仏

花拭かれきて目のあたり悪路王

   『怒濤』

   七月十七日、水原秋桜子先生急逝

四囲迫りきつつ音なきいなびかり

   高半に泊る、川端康成の「雪国」を書きし「霞の間」に
   めざむ

春寒の雪の手ざはりこの柱

   八月、悼中村草田男

庭にカンナ心にカンナ相対す

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