高浜虚子の句

『年代順虚子俳句全集』@ ・ A ・ B


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昭和2年

それより金閣寺に至る。何時来て見てもこそこそして居ないたゝ
ずまひが気に入つた。

 啓書記の達磨暗しや花の雨

 春雨の傘さしつれて金閣寺

嵐山も見た。雑沓する電車に乗つて嵯峨で下りて、酔つぱらひの
ゐる中を吐月橋の袂まで歩いて、そこで嵐山を見渡した。少し花
は盛を過ぎてゐると思はれたが、それでも松の間にある花は風情
があつた。それに桂川の流れは幅広く其前准流れてゐて整うた眺
めであつた。

 一片の落花見送る静かな

又日をかへて御室の仁和寺に詣づ。丹後から来た泊雲と泊月と三
人。此寺に有名な肝腎の八重はまだ莟が固くつて、稍盛りを過ぎ
た一重桜の下に沢山の掛茶屋が出来て居つた。さうして客を呼ぶ
女が沢山居つた。此掛茶屋が又御室の名物である。

 花の茶屋過ぎて御堂に憩はゞや

 右つゝじ左桜の御室茶屋

 花茶屋に隣りて仮の交番所

 又こゝに花の雲あり松の間

六月廿六日。大阪毎日、東京日日新聞社の委嘱のもとに岐阜、木
曾川方面に至る。長良川の鵜飼いを見る。

 鵜飼見の船よそほひや夕かげり

 鵜飼見の船の船頭や出し急ぐ

 ゆゝしさの庭に並べし鵜籠かな

 疲れ鵜を並べいたはる鵜匠かな

 鵜飼見の船の提灯ゆれにけり

七月二十一日。発、別府に至る。日本八景の一に当選したる別府の
記事を大毎、東日社より委託せられしため。

別府の紀行を『大阪毎日新聞』と『東京日日新聞』紙上に連載す。

湯布院村に至る。

金隣湖。

 萍の温泉の湧く岸に椅り茂る

自動車を下る。

 夏草に油蝉なく山路かな



 大夕立来るらし由布のかき曇り

八月十一日発。改造社主催講演会に出席のため高野山に赴く。

 此方へと法の御山のみちをしへ

 古寺を灯籠明りにたづねけり

高野山奥の院

 灯籠に暫し憩ひて拝みけり

 寺に在る人たづねけり盆灯籠

 句会ある寺の灯籠を見て入りぬ

 月の坂高野の僧に逢ふ許り

八月十六日。紀三井寺を訪ひ、和歌浦に遊ぶ。新和歌浦望海楼に
て昼食後、欄前潮おだやかで漁船、遊船をちこちなるを眺めつゝ

 籐椅子の人に遊船かくれけり

 夏草に遊船かゝる真昼かな

八月十五日。和歌山九年母会主催俳句会。和歌山城内葵館。会者、
泊月、王城、耿陽、楽南等七十余名。
小句会。

 蜻蛉とぶ紀の川広き眺かな

選句後、『正岡子規に就いて』の講演。

九月十九日。子規忌句会。田端大龍寺。会者、八十余名。一宿、夢香、
煤六、素十、たけし、岬人、嫩桂、晩紅里、木星、詠風、世人等。

鎌倉

 秋空の下に浪あり墳墓あり

 秋空や吉の神鬮を見て仰ぐ

十二月一日より、『改造社』依頼の小説執筆のため、素十、夢香、
王城、泊月と共に京都に遊ぶ。

 やり羽子や油のやうな京言葉

 東山静かに羽子の舞ひ落ちぬ

昭和3年

九月十六日。子規忌句会。田端大龍寺。送句者百八十名。当日出
席者百二十名。

 新涼や佛にともし奉る

九月十八日。石井露月逝く。

 糸瓜忌の一日前の南瓜佛

十月四日。午後興昌寺を訪ひ、一夜庵の縁に小憩。それより琴弾
公園内の俳句會場に赴く。会者、六十五名。選句後講話。

 小鳥網四五羽かかりて揺れ居たり

 岩窪に小鳥のあびる水たまり

再び一夜庵を訪ふ。

 秋風や庵をめぐりて六十歩

十月六日。十時過発福岡に向ふ。汽車故障のため遅れ、七時、博
多著。東公園の一方亭の宴に臨み、お信の博多節を聞く。栄屋投宿。
十月七日。朝、禅寺洞居を訪ひ、筥崎神宮に参詣。久保ゐの吉邸
にて午餐の饗あり。

 木犀やお迎へに出る猫テリや

やハ白や、玉やノ類。

午後愈今回旅行の目的である第二回関西俳句大会に臨む。市公会
堂。会衆、烏城、素月、櫻坡子、野風呂、王城、泊月、橙黄子、
清三郎、より江、久女、禅寺洞、しづの女等約四百名。

 ふるさとの月の港を過(よぎ)るのみ

 はなやぎて月の面にかゝる雲

 子を負うて妻と帰るや月の道

 われが来し南の国のザボンかな

選句後、「写生といふこと」と題し講演。会後の「みかど」に於
ける宴席に新婚旅行中の誓子来り会す。

十月八日。松浦小夜姫の領布振山に吟行。禅寺洞、烏城等先導汽
車にて虹の松原に下車、それより領布振山にのぼる。頂上より虹
の松原、唐津を展望。山上の鏡ヶ池より稲荷神社の前にて遠く沖
の島、壱岐、対島、近き島々の中に神集島など指さる

 秋晴や虹の松原雲過ぐる

 草の実をとらんとすれば手を破る

 萍の茎の長さや山の池

夜、熊本放送局福岡演奏所にて講演「現代の俳句」放送。

十月九日。朝、汽車にて熊本に向ふ。十一時熊本著。草餅、坡牛、
是山、田々子等に迎へらる、故寸七翁の父君金十郎翁並に義妹き
ま子も出迎の中にあり。熊本城及び水前寺を見物して画津花壇の
俳句会に臨む。会者、夕陽斜、木母寺等三十名。

 縦横に水の流れや芭蕉林

水上警察のランチに搭乗、桜島に到る。

 熔岩の上を跣足の島男

 熔岩に秋風の吹きわたりけり

 熔岩に萩からませて垣としぬ

十月十二日。正午門司著。門司鉄道局の講演会に臨む、講演約一
時間の後、税関のランチに搭乗、小瀬戸、大瀬戸のあたりを見る。

 料理屋に舟つなぎあり小門(おど)の秋

転じて和布刈神社壇の浦、満珠、干珠の島等等を遠望し長府に
上る。忌の宮参拝、乃木旧邸を見る。

 聞きしよりもあまり小さき柿の家

 塀外に二枚落ちたる柿紅葉

再びランチにて下関に帰り、山陽ホテルに投宿。

九品佛より更に野道を辿つて多摩川に至る。

 秋晴の野道手あげてさしまねく

 流れ行く大根の葉の早さ哉

昭和4年

三月三十一日。大原吟行。泊月、王城、播水、北人、比古、稲女、
三千女等同行。寂光院、三千院を経て徳女の茶屋に小憩。

 石垣の上の畑うつ大原女

 春水をせきとめありぬ種俵

 白椿黄色き蘂をふくみたり

帰路、詩仙堂を訪ふ。添水に雨至る。

 春雨の上らんとする東山

紙屋川沿いに金閣寺に出で、祇園圓山公園を経て宿に帰る。

夜、奈良に赴き、奈良ホテル投宿。

四月二日。奈良見物。東大寺唐招提寺薬師寺等一巡。

 鹿のゐる馬酔木の奈良に来りけり

法隆寺に立寄り大阪に至り、木槿会出席。句省略。

小杉未醒筆奥の細道絵巻に題す。

 春ゆきて秋ゆきてゆく絵巻かな

昭和5年

石山寺

 山門を出れば春水広やかに

智積院

 ひらひらとつくもをぬひて落花かな

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