2008年京 都

三千院〜往生極楽院〜
indexにもどる

今日も天気が良いので、大原の三千院へ。


大原は昔も今も時雨かな   虚子

 昭和4年(1929年)3月31日、高浜虚子星野立子と大原吟行。

三月三十一日。大原吟行。泊月、王城、播水、北人、比古、稲女、
三千女等同行。寂光院、三千院を経て徳女の茶屋に小憩。

 石垣の上の畑うつ大原女

 春水をせきとめありぬ種俵

 白椿黄色き蘂をふくみたり


寂光院を出て三千院へまはる。さき程までもさうであ
つたが大原は本当に椿が美しい。途中、種俵がところど
ころに浸けてある。

  種俵緋鯉の水につけてあり

  堰水にかならずあるや種俵

  落つばきしてゐる上を仰ぎけり

「玉藻俳話」

 昭和11年(1936年)9月18日、高浜虚子は三千院を訪れている。

   三千院

萩の花も金森宗和の庭にあれば

      九月十八日。大原行。


「女ひとり」の歌碑があった。


京都 栂尾高山寺
恋に疲れた 女がひとり

結城に塩瀬の 素描の帯が
池の水面に ゆれていた
京都 栂尾高山寺
恋に疲れた 女がひとり

三千院は天台宗の寺院、山号は魚山である。

大原に三千院が移ったのは明治4年(1871年)のこと。

有清園


往生極楽院が見える。

 昭和30年(1955年)5月22日、水原秋桜子は三千院を訪れ往生極楽院を見ている。

   同夕京都着。二十二日大原三千院にて

虹の間の前をひらめく夏の蝶

   同庭内なる往生極楽院を見る

若楓堂も緑苔を敷きて立つ

弥陀三尊若葉に蔀あげにけり

『玄魚』

往生極楽院


往生極楽院は平安末期から大原にあったそうだ。

阿弥陀三尊坐像


国宝である。

三千院の本尊薬師如来は秘仏だそうだ。

何体かの童地蔵があった。


   


JRのポスターのような写真は撮れなかった。

金閣寺へ。

2008年京 都〜に戻る