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大正11年(1922年)9月30日、永井荷風は三千院を訪ねる。 |
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午後松莚子夫妻と自働車にて大原の古寺三千院及寂光院を訪ふ。沿道の風景絶佳なり。 |
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昭和4年(1929年)3月31日、高浜虚子は星野立子と大原吟行。 |
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三月三十一日。大原吟行。泊月、王城、播水、北人、比古、稲女、 三千女等同行。寂光院、三千院を経て徳女の茶屋に小憩。 石垣の上の畑うつ大原女 春水をせきとめありぬ種俵 白椿黄色き蘂をふくみたり |
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寂光院を出て三千院へまはる。さき程までもさうであ つたが大原は本当に椿が美しい。途中、種俵がところど ころに浸けてある。 種俵緋鯉の水につけてあり 堰水にかならずあるや種俵 落つばきしてゐる上を仰ぎけり
「玉藻俳話」 |
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昭和11年(1936年)9月18日、高浜虚子は三千院を訪れている。 |
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三千院 萩の花も金森宗和の庭にあれば 九月十八日。大原行。 |
| 昭和14年(1939年)10月25日、会津八一は三千院を訪れた。 |
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二十五日大原に三千院寂光院を訪ふ まかり きて ちやみせ に たてど もんゐん を かたりし こゑ の みみ に こもれる おほはら の ちやみせ に たちて かき はめど かきもち はめど バス はみえ こず |

| 京都 栂尾高山寺 |
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| 恋に疲れた 女がひとり |
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| 結城に塩瀬の 素描の帯が |
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| 池の水面に ゆれていた |
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| 京都 栂尾高山寺 |
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| 恋に疲れた 女がひとり |

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昭和30年(1955年)5月22日、水原秋桜子は三千院を訪れ往生極楽院を見ている。 |
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同夕京都着。二十二日大原三千院にて 虹の間の前をひらめく夏の蝶 同庭内なる往生極楽院を見る 若楓堂も緑苔を敷きて立つ 弥陀三尊若葉に蔀あげにけり
『玄魚』 |



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