2013年滋 賀

滋賀院門跡〜慈眼堂〜
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大津市坂本に滋賀院門跡がある。


天台宗の寺院で、比叡山延暦寺の本坊である。

御成門


5本筋の入った白壁

滋賀院門跡

 元和2年(1615年)慈眼大師天海(1536〜1643)が御陽成上皇より法勝寺(京都北白川に在り六勝寺の1つで歴代天皇ご受戒の寺として四箇戒場の1つでもあった)を下賜され、この地に移築されたもので、明暦元年(1655年)後水尾天皇より滋賀院の号と寺領一千石を賜り、江戸時代の末まで天台座主であった法親王が代々住まっておられた寺である。

 外観は堂々たる穴太衆積みの石垣に白壁がつづいており、滋賀院御殿といわれる名に恥じない威容を見せている。御殿については明治11年(1878年)11月の火災のためすべて灰になったが、現在の建物は山上より3塔それぞれ最高の建物を移築し、明治13年5月復旧したものである。

芭蕉の句碑があった。


叡慮にて賑ふ民や庭竈

出典は『芭蕉句選』

『庭竈集』には「賑はふ民の」とある。

明治30年(1897年)11月3日、芭蕉二百年忌に建立。宮小路康文書。

 宮小路康文は12歳で大宰府六度寺に入り、後住職となる。明治維新後は還俗し、菅聖廟の社職となる。明治37年、没。

以前はケーブル坂本駅の乗り場辺りにあったようだ。

拝観料は450円。

池泉観賞式庭園(国指定名勝)伝小堀遠州作


小堀遠州(天正7年[1579]〜正保4年[1647])は、滋賀県長浜市小堀町の出身で、豊臣氏、徳川氏に仕えました。

特に徳川家康から遠州に1万石を賜り、作事奉行を勤め作庭の第一人者といわれています。

平成10年(1998年)に9ヶ所の里坊と共に国の指定を受けました。

庭園以外は撮影禁止。

慈眼堂


慈眼大師南光坊天海大僧正の廟である。

徳川家康・秀忠・家光三代将軍に幕府の顧問として遇され元亀の兵火で全山焼土と化した比叡山の復古に尽力した。

昭和30年(1955年)5月25日、高浜虚子は滋賀院で祖先祭。

五月二十五日 坂本滋賀院 祖先祭 雷鳴

中堂を焼きたる雷と思ひつゝ


昭和31年(1956年)10月6日、高浜虚子は滋賀院で祖先祭。

旅の風邪いたはり乍ら力(つと)めけり

      十月六日 比叡山滋賀院。祖先祭。


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