夏目漱石ゆかりの地
indexにもどる

漱石の句

『漱石全集』(第十七巻)に2527句が収録されている。

   明治二十八年

見上ぐれば城屹として秋の空

黄檗の僧今やなし千秋寺

  〔子規を送る 五句〕

疾く帰れ母一人ます菊の庵

秋の雲只むらむらと別れ哉

見つゝ行け旅に病むとも秋の不二

この夕野分に向て分れけり

お立ちやるかお立ちやれ新酒菊の花

達磨忌や達磨に似たる顔は誰

愚陀仏は主人の名なり冬籠

凩に鯨潮吹く平戸かな

勢ひひく逆櫓は五丁鯨舟

瀑五段一段毎の紅葉かな

雲来り雲去る瀑の紅葉かな

いたづらに菊咲きつらん故郷は

   範頼の墓に謁して〔二句〕

蒲殿の愈(いよいよ)悲し枯尾花

凩や冠者の墓撲つ松落葉

陽炎のおちつきかねて草の上

曼珠沙華あつけらかんと道の端

行く年や膝と膝とをつき合せ

   明治二十九年

半鐘とならんで高き冬木哉

   展先妣墓〔一句〕

梅の花不肖なれども梅の花

足弱を馬に乗せたり山桜

永き日やあくびうつして分れ行く

わかるゝや一鳥啼て雲に入る

   松山より熊本に行く時
   虚子に托して霽月に贈る〔一句〕

逢はで散る花に涙を濺(そそ)げかし

衣更へて京より嫁を貰ひけり

すゞしさや裏は鉦うつ光琳寺

大慈寺の山門長き青田かな

   筥崎八幡宮

鹹はゆき露にぬれたる鳥居哉

   香椎宮

秋立や千早古る世の杉ありて

   太宰府天神

反橋の小さく見ゆる芙蓉哉

   観世音寺

古りけりな道風の額秋の風

   都府楼

鴫立つや礎残る事五十

   二日市温泉

温泉のまちや踊ると見えてさんざめく

長けれど何の糸瓜とさがりけり

名月や十三円の家に住む

月東君は今頃寐て居るか

此里や柿渋からず夫子住む

鼓うつや能楽堂の秋の水

累々と徳孤ならずの蜜柑かな

はじめての鮒屋泊りをしぐれけり

   明治三十年

臣老いぬ白髪を染めて君が春

燭剪つて暁ちかし大三十日

人に死し鶴に生れて冴返る

寒山か拾得か蜂に螫されしは

ふるひ寄せて白魚崩れん許りなり

菫程な小さき人に生れたし

   高良山

石磴や曇る肥前の春の山

松をもて囲ひし谷の桜かな

菜の花の遙かに黄なり筑後川

しめ縄や春の水湧く水前寺

筑後路や丸い山吹く春の風

上画津や青き水菜に白き蝶

行く春を剃り落したる眉青し

漢方や柑子花咲く門構

鳴きもせでぐさと刺す蚊や田原坂

来て見れば長谷は秋風ばかり也

鳴き立てゝつくつく法師死ぬる日ぞ

朝懸や霧の中より越後勢

萩に伏し薄にみだれ古里は

名月や拙者も無事で此通り

某は案山子にて候雀どの

一東の韻にしぐるゝ愚庵かな

粟の後に刈り残されて菊孤也

柿落ちてうたゝ短かき日となりぬ

   明治三十一年

   小天に春を迎へて

温泉や水滑かに去年の垢

   本妙寺

永き日を太鼓打つ手のゆるむ也

   水前寺

湧くからに流るゝからに春の水

子は雀身は蛤のうきわかれ

   言者不知知者不言 一句

ものいはぬ案山子に烏の近寄らず

朝顔や手拭懸に這ひ上る

能もなき渋柿どもや門の内

張りまぜの屏風になくや蟋蟀

憂あり新酒の酔に托すべく

   明治三十二年

我に許せ元日ならば朝寐坊

   元日屠蘇を酌んで家を出づ〔二句〕

宇佐に行くや佳き日を選む初暦

   宰府より博多へ帰る人にて汽
   車には坐すべき場所もなし

梅の神に如何なる恋や祈るらん

   小 倉

うつくしき蚕の頭や春の鯛

   正月二日宇佐に入る新暦なれば
   にや門松たてたる家もなし

蕭条たる古駅に入るや春の夕

   宇佐八幡にて

兀として鳥居立ちけり冬木立

神苑に鶴放ちけり梅の花

ぬかづいて曰く正月二日な

り 松の苔鶴痩せながら神の春

南無弓矢八幡殿に御慶かな

神かけて祈る恋なし宇佐の春

   橋を呉橋といひ川を
   寄藻川といふ 一句

呉橋や若菜を洗ふ寄藻川

   羅漢寺にて[七句]

凩や岩に取りつく羅漢路

巌窟の羅漢共こそ寒からめ

釣鐘に雲氷るべく山高し

凩の鐘楼危ふし巌の角

梯して上る大磐石の氷かな

巌頭に本堂くらき寒かな

絶壁に木枯あたるひゞきかな

   耶馬渓にて[六句]

頭巾着たる猟師に逢ひぬ谷深み

はたと逢ふ夜興引ならん岩の角

谷深み杉を流すや冬の川

冬木流す人は猿(ましら)の如くなり

帽頭や思ひがけなき岩の雪

石の山凩に吹かれ裸なり

   峠を踰えて豊後日田に下る

雪ちらちら峠にかかる合羽かな

払へども払へどもわが袖の雪

かたかりき鞋喰ひ込む足袋の股

隧道の口に大なる氷柱かな

吹きまくる雪の下なり日田の町

炭を積む馬の背に降る雪まだら

べんべらを一枚着たる寒さかな

草山に馬放ちけり秋の空

秋の川真白な石を拾ひけり

   阿蘇の山中にて道を失ひ終日あら
   ぬ方にさまよふ 二句

灰に濡れて立つや薄と萩の中

行けど萩行けど薄の原広し

喪を秘して軍を返すや星月夜

   寅彦桂浜の石数十顆を送る

涼しさや石握り見る掌(たなごころ)

   図書館〔二句〕

韋編断えて夜寒の倉に束ねたる

秋はふみ吾に天下の志

安々と海鼠の如き子を産めり

   明治三十三年

柊を幸多かれと飾りけり

   明治三十九年

釣鐘のうなる許に埜分哉

   明治四十一年

此の下に稲妻起る宵あらん

   明治四十三年

生きて仰ぐ空の高さよ赤蜻蛉

   人よりも空、語よりも黙

肩に来て人なつかしや赤蜻蛉

有る程の菊抛げ入れよ棺の中

風に聞け何れか先に散る木の葉

   大正三年

行く春や経納めにと厳島

   わが犬のために

秋風の聞えぬ土に埋めてやりぬ

   大正四年

   木屋町に宿をとりて川向の
   御多佳さんに〔一句〕

春の川を隔てゝ男女哉

木屋丁や三筋になつて春の川

竹一本葉四五枚に冬近し

夏目漱石に戻る