夏目漱石の句碑
indexにもどる
松をもて囲ひし谷の桜かな

福岡県久留米市草野町草野に発心公園がある。

発心城跡

 発心城は、草野家清(鎮永)が父祖代々の居城である竹井城が、要塞堅固でないことから、天正5年(1577年)に、発心岳山頂の天険を利用して築いた城である。

 草野氏は、鎌倉時代の初めから、天正の頃まで草野地方(現在の久留米市草野町)に勢力のあった豪族で、始祖は草野永経である。

 しかし、天正15年(1587年)、豊臣秀吉の島津征伐の時、城主家清が肥後南関にて誘殺され、落城の悲運にあった。

発心公園

 かつて有馬藩公の観桜の場所で、現在約500本の桜があり、園内には「木のもとは汁も膾もさくらかな 芭蕉」「月はねて発心山の夕さくら 静雲」の句碑のほか、武田範之の顕彰碑、草野又六の胸像がある。

夏目漱石の句碑


  松をもて
囲ひし谷の
    桜かな

「漱石の道」

 明治30年春、当時熊本第五高等学校教授だった夏目漱石は、親友の菅虎雄を訪ねた折に、高良山に登り耳納連山を越えて、ここ発心公園の桜を見物した。この句は途中で詠んだ「高良山一句」なる10句のうち一つであるが、この句の通り、発心は戦前までは見事な松で囲まれていた。この行程での経験は、のちに名作「草枕」で画工が山越えする場面に活かされた。

 久留米市では、この来歴にちなみ、高良大社参道登り口から耳納連山の尾根、発心城跡を経て、ここに至る14キロメートルの自然歩道に各句碑を設置し、これを「漱石の道」と名付けるものである。

久留米市

芭蕉の句碑もあるというので、探してみた。

夏目漱石の句碑に戻る