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明治32年(1899年)9月1日、夏目漱石は阿蘇登頂を試みたが、嵐に遭い断念した。この日が「二百十日」だった。 |
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阿蘇の山中にて道を失ひ終日あら ぬ方にさまよふ 二句 灰に濡れて立つや薄と萩の中 行けど萩行けど薄の原広し
〔子規へ送りたる句稿 三十四〕 |
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明治39年(1906年)10月、小説『二百十日』は雑誌『中央公論』に発表された。 |

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「なにこれでいいよ。――姉さん、ここから、阿蘇まで何里あるかい」と圭さんが玉子に関係のない方面へ出て来た。 「ここが阿蘇でござりまっす」 「ここが阿蘇なら、あした六時に起きるがものはない。もう二三日逗留して、すぐ熊本へ引き返そうじゃないか」と碌さんがすぐ云う。 「どうぞ、いつまでも御逗留なさいまっせ」 「せっかく、姉さんも、ああ云って勧めるものだから、どうだろう、いっそ、そうしたら」と碌さんが圭さんの方を向く。圭さんは相手にしない。 「ここも阿蘇だって、阿蘇郡なんだろう」とやはり下女を追窮している。 「ねえ」 「じゃ阿蘇の御宮まではどのくらいあるかい」 「御宮までは三里でござりまっす」 「山の上までは」 「御宮から二里でござりますたい」 「山の上はえらいだろうね」と碌さんが突然飛び出してくる。 |
