高浜虚子の句

『五百句時代』

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   明治二十九年

   宮島紅葉谷

部屋に沿ふて船浮めけり桃の花

   音戸瀬戸

瀬戸を擁く陸と島との桃二本

   大正二年

秋風に燒けたる町や湖のほとり

湖畔茶屋の郵便函や薄紅葉

灯火の穂に秋風の見ゆるかな

      十月五日。善光寺參拜。柏原に一茶の遺跡を弔す。

   大正六年

   鹿島に遊ぶ。何十年振りなり

鹿を見ても恐ろしかりし昔かな

      十月十六日。鹿島に遊ぶ。何十年振りなり

   濱人居を訪ふ

客を喜びて柱に登る子秋の雨

      十月二十四日。郡山へ行く。雨。

   大正九年

濡れ水椿落つれば窪むなり

      三月五日。酒井黙禪君松山赤十字病院長として赴任。送別句會。向
      島喜多屋。會者、むづほ、零餘子、美代治、河骨、艸宇、樂堂、閑
      山寺、草崖、兆太、清芳、瓢石等。

旅は春赤福餅の店に立つ

   内宮

神前の花に進める修交使

      四月八日。朝、宇治山田驛下車。阿漕主宰俳句大會に出席。此夜千
      秋樓泊。

   血の池地獄

湯煙の消えてほのかや合歡の花

   海地獄

湯煙に人現るゝ時萱草も

      十二日。地獄巡り。この日鐡輪温泉富士屋泊。

散り紅葉こゝも掃き居る二尊院

      十二月七日、それから山傳ひに二尊院の境内に出る。

   大正十二年

   屋島

駕籠屋呼ぶ太鼓叩くや草紅葉

      十月二十九日、五時過宇野線に乘り換へ、連絡船で八時頃高松著、
      入江、春雷、公羽、婆羅等に迎へられ、春雷居に至り一睡。それよ
      栗林公園に行き、中野營三君を訪ね、電車で屋島に赴く。途中、
      駕籠に乘つて屋島に登る。

   大正十三年

      新潟、萬代橋を渡り見る

千二百七十歩なり露の橋

      九月十一日、萬代橋を渡り見る。

蜻蛉のさらさら流れとゞまらず

      九月十六日。暑し。朝八時、勝山を出て逆行富山に向ふ。高田より
      山口花笠と同行。其月等と句會。

   大正十四年

   観音寺、一夜庵にて小集。二句

宗鑑の墓に花無き涼しさよ

此屋根の葺き下ろされて涼しさよ

      五月二十日、午後二時二十分高松發、三時十分観音寺著。竹の谷よ
      り琴弾山に登り一夜庵にて小集。會者、公羽、春雷、婆羅、鴎汀、
      舟居、華石、ひろし等十七名。

   大正十五年

浪音の由比ヶ濱より初電車

   昭和二年

   金閣寺

啓書記の達磨暗しや花の雨

春雨の傘さしつれて金閣寺

   昭和三年

咲き滿ちてこぼるゝ花もなかりけり

      四月八日。潮干句會。鎌倉稲村ヶ崎、堀内別墅。會後妙本寺、光明
      寺の花御堂を見る。會者、秋櫻子素十、みづほ、風生、花蓑、た
      かし、手古奈等二十五名。

岩窪に小鳥のあびる水たまり

      十月四日、午後興昌寺を訪ひ、一夜庵の縁に小憩。それより琴弾公
      園内の俳句會場に赴く。會者、六十五名。選句後講話。

萍の茎の長さや山の池

      十月八日、松浦小夜姫の領布振山に吟行。禪寺洞、烏城等先導汽車
      にて虹の松原に下車、それより領布振山にのぼる。頂上より虹の松
      原、唐津を展望。山上の鏡ヶ池より稲荷神社の前にて遠く沖の島、
      壹岐、對島、近き島々の中に神集島など指さる。

   櫻島に到る

秋晴に島のをとめの手をかざし

      十月十日。再びランチにて蜜柑の村を訪ふ。

   乃木大將舊邸を見る

聞きしよりもあまり小さき柿の家

      十月十二日。轉じて和布刈神社壇の浦、滿珠、干珠等等を遠
      望し長府に上る。忌の宮參拜、乃木舊邸を見る。

   昭和五年

つく杖の先にさゝりし朴落葉

      十一月九日、武蔵野探勝會。埼玉縣野火止、平林寺

   昭和六年

岩の間に人かくれ蝶現るゝ

龍巻に添うて虹立つ室戸崎

龍巻も消ゆれば虹も消えにけり

沖の方曇り來れば春の雷

      四月三日、室戸岬行。

   昭和八年

霜解の道返さんと顧し

      一月二十九日。武藏野探勝。大宮氷川公園、含翠園。

   潮のみさき燈臺

燈臺を花の梢に見上げたり

      四月九日、大阪より乘船。串本港に上陸。潮の御崎燈臺に至る。

   花巻温泉句碑

春山もこめて温泉(いでゆ)の國造り

      八月五日。花巻温泉句碑の句。

   旭川行汽車中。二句。

秋風やポプラの上の駒ヶ嶽

秋風やなべての女の頬被り

   北海道噴火湾

鰯焚く漁村つゞきや秋の濱

      層雲峡

十人は淋しからずよ秋の暮

      八月二十日。此の夜、層雲峡、層雲閣泊。

虹立つや湖畔の漁戸の兩三戸

   阿寒湖

藻に乘りて我舟を見送れり

   北海道、奥しん別川橋上休憩

澤水の川となり行く蕗がくれ

      八月二十二日。此夜、弟子屈、青木旅館泊。

秋山の美幌に越ゆる道見ゆる

露領より歸りし船と鮪船

屈強の裸の漁夫の汗光る

夜もすがら霧の港の人ゆきき

      昭和八年八月二十三日 此の夜、釧路港、近江屋泊。

   狩勝峠

なだらかな萩の丘なり汽車登る

      八月二十四日。此の夜、定山溪、銀行クラブ泊。

   花巻温泉

秋天や羽山の端山雲少し

   釜淵の滝

岩刳つて作りし瀧の如くなり

      八月二十九日。花巻温泉、松雲閣。

昭和九年

ひそやかに花見辨當うちかこみ

      四月十五日、十時三十分名古屋に行く。牡丹會。中村公園にて。

   昭和十年

鹿の峰の狭き繩手や遍路行く

      四月二十五日、風早西の下に句碑を見、鹿島に遊ぶ。伊豫松山、黙
      禪邸、松山ホトトギス會。

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