虚子の句碑



波音の由比ヶ濱より初電車

江ノ電由比ヶ浜駅から和田塚に向かう。


明治43年(1910年)11月14日、江ノ電の江ノ島−鎌倉間開通。

踏切の片隅に高浜虚子庵趾があった。


高浜虚子庵趾・句碑


波音の由比ヶ濱より初電車

大正15年(1926年)の句。

 旅にある子に幸あれやお元日

 一年の又はじまりし何や彼や

 浪音の由比ケ浜より初電車


 父は自分の家ということに対して執着の少い人であった。大体借家住いで過ぎて居り、鎌倉へ明治43年12月2日に引越して来た時も、小林米珂(帰国英国人)の借家に入ったのであった。そこから三度住み変ったが、結局はじめて入った家が、現在の原の台のあの場所に小林米珂の手で移されたものを、無理に父が買わされたのが、はじめて自分のものとなった家なのであった。

高浜年尾「虚子と家」

「現在の原の台」は現在の由比ヶ浜。

 昭和19年(1944年)9月から昭和22年(1947年)10月まで虚子は小諸に疎開。

高浜年尾は虚子の長男。昭和54年(1979年)10月26日、78歳で没。

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