上野の道にて
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茶の花や須磨の上野は松ばかり
| 素堂
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茶の花のあるじや庭に唯居らず
| 團友
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| 尼
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降る雪になほおほきかろふじの山
| 智月
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しら糸に霜かく杖や橋の不二
| その女
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代々の賢き人々も古郷はわすれがたきものにおもほへえ侍るよし。我今ははじめの老も四とせ過て、何事につけても昔のなつかしきまゝに、はらからのあまたよはひかたぶきて侍るも、見捨がたくて、初冬の空のうちしぐるゝ比より、雪を重ね霜を經て、師走の末伊陽の山中に至る。猶父母のいまそかりせばと、慈愛のむかしも悲しく、おもふ事のみあまたありて
古郷や臍の緒に泣としのくれ
| 芭蕉
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奉 納
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笠寺やもらぬ窟(いわや)も春の雨
| 芭蕉桃青
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旅寝を起すはなの鐘撞
| 知足
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月の弓消ゆくかたに雉子啼て
| 如風
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秀句ならひに高瀬さしけり
| 重辰
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茶を出す時雨に急ぐ笹の蓑
| 安信
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賣殘したる庭の錦木
| 自笑
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春之部發句
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初なづな鰹のたゝき納豆まで
| 素堂
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這梅の殘る影なき月夜かな
| 野坡
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鶯
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| 越後
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譽めらるゝ鶯の身ぞなつかしき
| 巻耳
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柳
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柳垂れてあらしに猫を釣る夜哉
| 木因
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| 僧
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軒にさらり砂にもさらり柳哉
| 魯九
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しとやかなこと習はうか田打鶴
| 惟然
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陽 炎
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布袋書きたる繪に
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袋よりたつ陽炎にかいだるし
| 杉風
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汐みちて上野の方や舞雲雀
| 露川
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| 加賀
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三日月の光りや浮きてもゝの花
| 句空
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| 須賀川
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鳥雲にうんうんとてぞ花の岫
| 藤躬
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| 美濃
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懐に寢て歸る子も花見かな
| 千川
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俳諧知登利懸下巻
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杜若我に發句のおもひあり
| 芭蕉
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麥穂なみよるうるほひの末
| 知足
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芭蕉行脚のころ
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夏草よあづま路まとへ五三日
| 知足
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笠もてはやす宿の卯の雪
| 桃青
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夏之部發句
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| 大垣
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白雨に若葉が上の若葉かな
| 荊口
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| 出羽
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子規あとのまつりに雨が降る
| 重行
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牡 丹
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ほしさうに笑ふてかゝる牡丹哉
| 路通
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杜 若 八はしにて
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二度手打澤ほとゝぎすかはつばた
| 三千風
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馬に市かきつばたには人もなし
| 素堂
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| 島田
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立傘の俤殘れかきつばた
| 如舟
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水 鶏
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氏雲にまけじと扣く水鶏かな
| 荷兮
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名所之夏
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涼まうか星崎とやら扨何所じや
| 惟然
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涼風や夜寒の里の吹あまり
| 蝶羽
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知足亭にて
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麓ともおぼしき庭の覆盆子哉
| 支考
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夏氣色返す返すもなるみ潟
| 乙州
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鳴海眺望
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はつ穐や海も青田の一みどり
| 芭蕉
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乘行馬の口とむる月
| 重辰
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藁庇霧ほのくらき茶を酌て
| 知足
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やせたる藪の竹まばら也
| 如風
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蛤のからふみわくる高砂子
| 安信
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笠ふりあげて船まねく聲
| 自笑
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哥仙有略
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賀新宅
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よき家や雀よろこぶ背戸の粟
| 芭蕉
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蒜にみゆる野菊苅茅
| 知足
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投渡す岨の編橋霧こめて
| 安信
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風呂燒に行月の明ぼの
| 芭蕉
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杉垣のあなたにすごき鳩の聲
| 知足
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はつ霜の下りて紙子捫つゝ
| 安信
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穐之部發句
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初 穐
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笹竹の雀穐しる動きかな
| 杉風
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粟
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風に名の有べきものよ粟の上
| 惟然
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青瓢 初秋中一此所に遊て
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夕がほや秋はいろいろのふくべ哉
| 芭蕉
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西瓜ひとり野分を知らぬあした哉
| 素堂
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| 加賀
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行船や苫洩月に袖の紋
| 北枝
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蘇鐡にも月はやどれど薄かな
| 素堂
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名月やいまだ増賀の裸ごろ
| 言水
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宵闇や霧の氣色に鳴海潟
| 其角
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ばせを老人此所に杖を休め給ひ、
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俳談のあまり、付句并にほくども
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書殘し置れけるを、反古の中より
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さがし出し、なつかしさのまゝ、
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こゝに記し侍りぬ。
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琴引ならふ窓によらばや
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打提る道にて菊の名を忘れ
| はせを
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酒に興ある友を集る
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ぬけ初るちゝの一齒のかなしくて
| 同
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時ぞ秋よし野をこめん旅のつと
| 露沾
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冬枯も君が首途や花の雲
| 其角
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木枯の吹行後姿かな
| 嵐雪
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鳴千鳥富士を見かへれ塩見坂
| 杉風
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| 桑門
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我夢を鼻ひン霜の草まくら
| 宗波
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來月は猶雪降ンはつしぐれ
| ちり
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深川素堂より文の中に
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十六夜の月と見はやせ殘る菊
| 芭蕉
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笈 銘
| 蝶羽
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蕉翁の世を俳諧にかくれ、ひとつの笈を友とし、身の動く所を驛とし、足のとゞまる所を宿とす。其廣き武蔵野も秋過、古郷の空に通る時雨の侘しければとて、あが軒端に立寄、笈さしおろし、かうがけの紐打ときて、そこ爰の物語に日を忘れけるが、土丹生の寢覺がちなる夜の、星崎のかたに千鳥の鳴を聞て、ほきしけるを亡父なにがし感に餘り、其道このみ給ふ人々の句をも、呼續のはしばしつぎわたして、一冊にせんと心がけしに、とゝせ過にし夏、其心ざしもむなしく、鳴海のひろふかひなき身まかりけり。予其事のすたりぬるを歎き、又我友ちどりの聲をも打添給にしをつぎ、ふたつの巻になしぬ。まことに翁の餘情もなつかしけれ。其比翁あが許よりして熱田の桐葉がかたに往しが、また難波の春におもむかんとて、いかにおもひしや、自屓(負)箱物を殘し、猶行先の霞とも消なん後のながめにもせよと、いひ置て出行しが、終に其浦風にさそはれ、世をみじかき芦の下浪とは成りぬ。此巻もと翁の句より興りしなれば、せめて其俤に此笈の見まくほしく、桐葉の花も紫のゆかりなれば、かくおもふよしをいひやりてこひけれど、はせをの露のかた見、いかにし侍らんや。我もし一葉の秋にもあはゞ、それまた我が名殘りにもみせんなどいひしが、去年の五月雨に秋をも待たぬ花と散りて、哀添つゝ送おこせたり。いかに世は露の玉手筥ふたりの記念となりて、あが許に所持しにけり。其形はさながら婦女の玉櫛笥に似て、おほいさもさる物なれ。高麗人の工みと見えしが、くろう塗りこめたるに、金泥の繪のこまやかなるもはげうせて、見るかげのあるかなきかにけしきして、物ふりたり。左右に蕨手をつけしは、屓ふにたよりとやせし。むべ獨りありきの用には、たりぬべかりける物とこそおもほゆれ。此道の好どち打寄りてとり出し、ふたゝび翁の文大につらなる心地し、其風情をしたふ。されば其心ざしをのべて銘し侍りぬ。
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