旅のあれこれ文 学


幸田露伴ゆかりの地

 慶応3年(1867年)7月23日、武蔵国江戸下谷三枚橋横町(現:東京都台東区)に生まれる。

 明治18年(1885年)7月、判任官逓信省十等技手として余市電信分局勤務を命ぜられる。

 明治20年(1887年)8月25日、露伴は突然職を投げ打ち、東京へ向かって出立する。

 明治26年(1893年)11月、『五重塔』を発表。

 大正13年(1924年)6月、向島から小石川表町66番地(小石川3−3−8)に移る。

 昭和2年(927年)5月、小石川表町79番地(小石川3−17−16)に移る。

昭和22年(1947年)7月30日、満80歳で没。墓所は池上本門寺

塩鮭のあ幾と風ふく寒さかな

中央水産試験場(北海道余市郡余市町)

国道279号

(青森県上北郡横浜町)

象 潟

(秋田県にかほ市)

竹駒神社

(宮城県岩沼市)

万松寺

(山形県山形市)

最上川

(山形県新庄市)

日和山公園

(山形県酒田市)

里遠しいざ露と寝ん草まくら

亀谷坂(福島県二本松市)

金精道路〜幸田露伴文学碑〜

(群馬県利根郡片品村)

幸田露伴文学碑〜露伴児童遊園地〜

(東京都墨田区)

幸田露伴旧居〜蝸牛庵〜

(東京都文京区)

幸田露伴居宅跡

(東京都台東区)

天王寺五重塔跡〜『五重塔』〜

(東京都台東区)

本門寺

(東京都大田区)

旧木造温泉旅館東海館

(静岡県伊東市)

幸田露伴の句碑

(静岡県伊東市)

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