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本門寺〜五重塔〜

今日は大田区池上の本門寺(HP)に行ってみる。


 長栄山本門寺は鎌倉の長興山妙本寺、松戸の長谷山本土寺とともに「朗門の三長三本の本山」と称されている。

本門寺と五重塔

日蓮宗大本山の一つであり、日蓮入滅の地。 慶長年間(1596〜1615)には徳川家康から寺領100石をうけるなど、徳川家や諸大名の信仰をあつめました。 全国に旧末寺約200寺を持つ大寺院で境内には加藤清正の供養塔や紀州徳川家墓所、幸田露伴や力道山の墓などがあります。小堀遠州の築園と伝えられている松濤園は、西郷隆盛と勝海舟が会見した場所と言われ、都の指定旧跡となっています。また、国の重要文化財の五重塔は、慶長12年(1607年)二代将軍徳川秀忠が、乳母正心院の願いで建立したもので、高さは29.8m、関東では最古のものです。

池上本門寺に大野伴睦の墓がある。



 この石段は、加藤清正(1562〜1611)の寄進によって造営されたと伝えられ、「法華経」宝塔品の偈文96字にちなみ、96段に構築され、別称「此経難持坂(しきょうなんじざか)」という。

 なお、元禄の頃(1688〜1703)に改修されているが、造営当時の祖型を残しており、貴重な石造遺構である。

 清正は慶長11年(1606年)に祖師堂を寄進建立し、寺城を整備しているので、この石段もその頃の所産と思われる。

大田区教育委員会

仁王門(三門)


昭和20年4月15日の空襲で灰燼に帰し、同52年に再建。

子供が沢山遊んでいた。

大堂(祖師堂)


昭和20年(1945年)4月15日、旧大堂は空襲で焼けてしまった。

昭和39年(1964年)、鉄筋コンクリート造の大堂再建。

昨日まで「お会式」だった。

 弘安5年(1282年)9月8日、日蓮聖人は身延山から常陸に向かう。10月13日、池上宗仲公の館で61歳で入滅した。

五重塔


慶長12年(1607年)に建立、翌13年に上棟式を厳修した。

関東最古の五重塔で、重要文化財である。

ちなみに関東で2番目に古い五重塔は市川市中山の法華経寺にある。

大堂(祖師堂)の裏から見た五重塔


昭和11年(1936年)4月15日、種田山頭火は本門寺を訪れている。

 四月十五日 花ぐもり。

朝湯朝酒とは有難すぎる、身にあまる冥加である。

二人でぶらぶら歩く、Iさんのお宅で御馳走になる、天ぷら蕎麦、冷酒、池上本門寺、よい森、松がよい。

高輪泉岳寺、香烟がたえない。


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