芭蕉の句

道のべの木槿は馬にくはれけり
出典は『野ざらし紀行』。
貞享元年(1684年)秋、大井川を越えて詠まれた句。
大井川越る日は、終日雨降ければ、
秋の日の雨江戸に指おらん大井川 ちり
馬上吟
道のべの木槿は馬にくはれけり

許六は「正風開眼の第一声」と称しているそうだ。
談林の時俳諧に長じ、日々向上にすり上ゲ、終に談林を見破り、はじめて正風体を見届、躬恒・貫之の本情を探て始て、
道野邊の木槿は馬に喰れけり
と申されたり。
『歴代滑稽伝』
山口誓子は、この句について書いている。
この句は、「甲子吟行」に出て、「馬上の吟」という前書がついている。芭蕉は鞍上にあって、馬の振舞に目を着けていたのだ。馬は道ばたの木槿の花を食いとった。木槿の花を主として詠えば、この句のような受身の句になる。「道のべの木槿」はいかなる厄に会うかも知れぬ。「馬に喰れけり」はその厄の一つだ。
眞福寺の句碑

長光寺の句碑
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小夜の中山の句碑
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東観音寺の句碑
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旧豊宮崎文庫の句碑
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『古今句集』、『俳諧一葉集』には「道ばたの」とある。
正光寺の句碑
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法音寺の句碑
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安養寺の句碑
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下牧の句碑
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藤沢市の句碑

金刀比羅神社の句碑

岐阜県笠松町の「むくげ塚」には「かまれけり」とある。
一茶のパロディーである。
むらさき色の鮮かな花といへばいかにも艷々しく派手に聞ゆるが、不思議とこの木槿の花に限つてさうでない。さうでないばかりかその反對に、見れば見るほど靜かな寂しさを宿して咲いてゐる花である。この花の咲き出す頃になると思ひ出される例の芭蕉の句の、
道ばたの木槿は馬に喰はれけり
は如何にもよくこの花の寂しさを詠んでゐるが、なほそれでも言ひ足りないほどに今年などはこの花に對して微妙な複雜な心持を感じたのであつた。この芭蕉の句も彼が旅行の途次、富士川のあたりを過ぎつゝ馬上で吟じたものであるといふが、この花は不思議にまた我等に『旅』の思ひをそゝる。この花を見るごとに、秋を感じ、旅をおもふ。何物にともなく始終追はれ續けてゐる樣な、おちつかぬ心を持つた私にとつては殊更にもこの花がなつかしいのかも知れぬともおもふ。
若山牧水『樹木とその葉』(木槿の花)
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