俳 書

俳諧一葉集』(春の部) ・ (秋之部)


(古学庵仏兮、幻窓湖中編)

文政10年(1827年)刊。古学庵仏兮、幻窓湖中編。洞海舎凉谷序。

夏來ても只ひとつ葉のひとつかな」による。

芭蕉の最初の全集。芭蕉の句を1083句収録。

湖中は水戸藩士、岡野重成。

文化13年(1816年)11月6日、古学庵仏兮没。

幻窓湖中の友人由誓が補佐した。由誓は夏目成美の番頭久藏

發句春之部

寛文延寶天和年中

發句なり松尾桃青宿のはる

   季吟勸進巻頭

和歌の跡とふや出雲の八重がすみ

此梅に牛も初音と鳴つべし

藻にすだく白魚やとらば消ぬべき

姨石に啼かはしたるきゞす哉

花にうき世我酒しろく食黒し

花は賤の目にもみえけり鬼薊

うち山や外様しらずの花ざかり

   遁世の時

雲とへだつ友かや雁の活わかれ

貞享元禄年中

春立や新年古き米五升

   嵐雪か亨たる正月小袖を着たれば

誰やらが姿に似たり今朝の春

空の餘波をしまんと、舊友の來りて酒興じけるに、元日の晝まで臥、あけぼの見はづして

二日にもぬかりはせじな花の春

たかき屋にのほりて見ればの、御製の有がたきを今も猶、

叡慮にてにぎはふ春の庭かまど

   京ちかき所に年をとりて

こもを着てだれ人います花の春

湖頭の無名庵に年をむかふ時、三日口を閉て題正月四日

大津繪の筆のはじめは何佛

人も見ぬ春や鏡のうらの梅

年々や猿に着せたる猿の面

元日は田毎の日こそ戀しけれ

蓬莱に聞ばや伊勢の初便

   風麥亭

春立てまだ九日の野山かな

春なれや名もなき山の薄霞

正月も美濃と近江や閏月

うぐひすの笠落したる椿かな

鶯や柳のうしろ藪の前

   伊賀のある方にて

旅烏古巣は梅になりにけり

   訪山隱

梅しろしきのふや鶴をぬすまれし

梅咲てよろこぶ鳥のけしき哉

紅梅や見ぬ戀つくる玉すたれ

山里は萬歳遅し梅の花

   奈良にて

阿古久曾の心はしらずうめの花

里の子よ梅折殘せ牛の鞭

   園女

暖簾(のうれん)のおくものゆかし北の梅

   乙州の東武行餞別

梅わか菜まりこの宿のとろゝ汁

春もやゝけしきとゝのふ月と梅

   去來が許へ亡人の事などいひつかはすとて

菎蒻(こんにやく)のさしみもすこし梅の花

うめがかにのつと日の出る山路かな

貞享五年きさらぎの末、伊勢に詣づ、我、御白州の土を踏こと、既に五たびに及び侍りぬ。ひとつひとつとしのくははれるにしたがひて、かけまくも、かしこきおほん光りも思ひまされる心地して、かの西行の涙の跡をしたひ、増賀のまことを悲しびて、内外の御前にぬかづきながら、袂しぼるばかりになん侍る。

何の木の花とはしらずにほひ哉

裸にはまだ衣更着の嵐かな

   塔山旅宿

陽炎の我肩にたつ紙衣哉

陽炎や柴胡の原の薄くもり

   伊賀新大佛寺

丈六に陽炎高し石の上

枯芝やまだ陽炎も一二寸

   野州室の八島にて

糸遊(いとゆう)に結つきたるけぶり哉

入かゝる日も糸遊の名殘かな

百景や杉の木間にいろみ草

木曾の情雪や生ぬく春のくさ

   二月堂

水取や氷の僧の沓のおと

   初瀬にて

春の夜や籠人ゆかし堂の隅

春風やきせるくはへて船頭殿

   笠寺奉納

笠寺やもらぬ窟も春の雨

春雨の木下につとふ雫かな

   在原寺にて

うぐひすを魂に眠るか嬌柳

   猿雖に對して

もろもろのこゝろ柳にまかすべし

   杜國

笠の緒に柳わがぬる旅出かな

からかさにおしわけ見たる柳かな

春の雨いとしづかに降て、やがてはれたる頃、近きあたりなる柳見に行けるに、春光きよらかなる中に、滴りいまだをやみなければ、

八九間空で雨降柳かな

蝙蝠も出ようき世の花に鳥

世にさかる花にも念佛申けり

奈良七重七堂伽藍八重櫻

   訪山隱

橿の木の花にかまはぬすがた哉

   湖水眺望

からさきの松は花より朧にて

   古人

命ふたつ中に活たる櫻かな

毘沙門堂の花盛、四天王の榮花もこれにはいかでまさるべき。うへなる黒谷、下河原、むかし遍昭僧正のうき世をいとひし花頂山、わしのみやまの花の色、枯にし鶴の林まで、思ひられてあはれれ也。

観音の甍見やりつはなの雲

花咲て七日鶴見るふもとかな

   物皆自得

花に遊ぶ虻なくらひそ友雀

   草 庵

花の雲鐘は上野か淺草か

あすは檜木とかや、谷の老木のいへることあり。きのふは夢と過て、翌はいまだ來らず。只生前、一樽のたのしびの外に、あすはあすはといひくらして、終に賢者の讒をうけぬ

さびしさや花のあたりのあすならう

   伊賀の上野藥師寺初會

はつ櫻折りしもけふはよき日なり

咲みだす桃の中より初ざくら

景清も花見の坐には七兵衞

   探丸子の別墅

さまざまの事おもひ出す櫻哉

瓢竹庵に膝をいれて旅の思ひ、いと安かりければ

花を宿にはじめ終りや廿日ほど

   同亭より、旅立けるに

此ほどを花に禮いふわかれ哉

   笠のうらに書付ける

芳野にて櫻見せふぞひの木笠

   龍門、二句

龍門の花や上戸の土産にせん

酒のみにかたらむかゝる瀧の花

櫻狩きとくや日々に五里六里

   芳 野

花ざかり山は日頃の朝ぼらけ

しばらくは花の上なる月夜哉

   草尾村にて

花のかげ謡ひに似たる旅ねかな

大和國を行脚して、葛城の麓を過るに、よその花は盛にて、峰々はかすみわたりたる曙のけしき、いとゞ艶なるに、かの神のみかたち悪しと、人の口さがなく云傳へ侍れば

猶見たし花にあけゆく神の貌

   支考の東行餞別

此こゝろ推せよ花に五器一具

春の夜は櫻に明てしまひけり

   草庵に桃櫻有、門人に其角嵐雪有。

兩の手に桃とさくらや草の餅

   示門人

子に飽と申人には花もなし

   露沾公にまかりて

西行の庵もあらむ花の庭

貌に似ぬ發句も出よ初ざくら

   句空への文に

うらやましうき世の北の山櫻

   嵐 山

花の山二丁のぼれば大悲閣

さくらをばなど寢處にせぬぞ、花にねぬ春の鳥のこゝろよ

花に寢ぬこれもたぐひか鼠の巣

上野の花見にまかり侍りしに人々幕打さわぎ、物の音、小唄の聲さまざまなりにける、かたはらの松蔭にたのみて

よつ五器の揃はぬ花見ごゝろかな

   二見の圖を拝みて

うたがふな潮の花も浦の春

伊賀國花垣の庄は、そのかみ奈良の八重櫻の料に附られける、と云傳へ侍れば

一里はみな花守の子孫かや

木のもとに汁も膾もさくら哉

   洒落堂記

四方より花吹入て鳰の湖

   路通が、みちのくにおもむく時

草枕まことの花見しても來よ

   萬乎別墅

年々やさくらを肥す花の塵

花のかげ硯にかはる丸がはら

   上醍醐

留守といふ小僧なぶらむ山櫻

   伏見西岸寺

我衣に伏見の桃の雫せよ

古寺の桃に米ふむをとこ哉

はるけき旅の空おもひやるにも、いさゝかも、心にさはらむもむつかしければ、日頃住たる庵を、相しれる人に譲りて出ぬ。

草の戸も住替る代ぞ雛の家

   重 三

青柳の泥にしたるゝ汐干哉

おとろへや齒に喰あてし海苔の砂

あけぼのや白魚しろき事一寸

   常陸下向に江戸を出る時、送りの人に

あゆの子の白魚送るわかれ哉

   よし野を下る時

飯貝や雨に泊りて田にし聞

古池や蛙飛こむ水の音

蛙子は目すり膾を啼音哉

   田 家

麥めしにやつるゝ戀か猫の妻

山路來て何やらゆかしすみれ草

   呂丸

當歸(とうき)より哀は塚のすみれ草

よくみれは薺花咲かきねかな

   茶店二句

つゝいけて其かげに干鱈さく女

菜ばたけに花見貌なる雀かな

   隣菴の僧宗波、旅に赴れけるを

ふるすたゝあはれなるへき隣かな

原中や物にもつかす鳴雲雀

ながき日も囀たらぬひばり哉

雲雀より上に休ふたうげかな

ひばり啼中の拍子やきじの聲

   高野にて

父母のしきりに戀し雉子の聲

蛇くふときけばおそろしきじの聲

   莊子の畫讃

もろこしの俳諧問む飛胡蝶

起よ起よ我友にせんぬる胡蝶

   西 河

ほろほろと山ぶき散るか瀧のおと

   畫 讃

山吹や宇治の焙爐のにほふとき

山ぶきや笠にさすべき枝の形

大和行脚の時、丹波市とかやいふ處にて、日のくれかゝりけるに、藤の覺束なく咲こぼれけるを

草臥て宿かるころや藤の花

暮おそき四谷過けり紙草履

   二葉軒

藪椿門は葎のわかばかな

   逢龍尚舎

物の名を先とふ荻のわか葉哉

ゆく春に和歌の浦にて追付たり

行春や鳥啼魚の目は涙

   田家に春の暮を侘

入相の鐘もきこえず春のくれ

鐘つかぬ里は何をかはるの暮

   望湖水惜春

ゆく春を近江の人とをしみける

考證

勢ひなり氷きえては瀧津魚

怒誰が製して贈りける筆の心、殊によろしければ

君や蝶我や莊子か夢こゝろ

   那須の雲岸寺、佛頂禅師の小庵を尋て

留守に來て棚さがしする藤の花

發句夏之部

寛文延寶天和年中

時鳥まねくか麥のむら尾花

清く聞む耳に香タイて郭公(※「タイ」=火+主)

燕子花似たりや似たり水の影

五月雨も瀬ぬみ尋ぬみなれ川

さみだれや此笠森をさしも艸

こゝも三河むらさき麥のかきつばた

杉風生、夏衣いときよらかに調じて、贈りければ

いでや我よき布着たり蝉衣

   小夜の中山にて

いのちなりわづかの笠の下すゞみ

   甲斐の郡内といふ處に至る、途中の苦吟

夏馬ほくほく我を繪に見るこゝろ哉

貞享元禄年中

ひとつ脱でうしろにおひぬ更衣

夏來ても只ひとつ葉のひとつかな

灌佛や皺手合する數珠の音

   招提寺

わか葉して御目の雫ぬぐはゞや

   日光山

あらたふと青葉わか葉の日の光

   裏見の瀧

しばらくは瀧に籠るや夏のはじめ

おもひ出す木曾や四月のさくら狩

   甲斐山中 二句

山賤の頤閉る葎かな

ゆく駒の麥になぐさむやどり哉

   逢桑門

いざともに穂麥喰はむ草枕

五月十一日、武府を出て故郷に赴く。人々川崎まで送り來りて、餞別の句をいふ、其のかへし

麥の穂をたよりにつかむ別かな

   悼大顛和尚

梅戀て卯花拝むなみだ哉

   其角が母五七日追善

卯の花もはゝなき宿ぞすさまじき

   大阪にて

燕子花かたるも旅のひとつかな

山崎宗鑑やしきにて、近衛殿の宗鑑が姿を見れはかきつはた、とあそばしけるを思ひ出て、心の中にいふ

有がたきすがたおがまむ燕子花

   鳴海知足亭

かきつはた我に發句のおもひあり

   歸 

夏衣いまだ虱をとり盡さず

   須 磨

須磨寺に籟ぬ笛きく木下闇

   雲岸寺

きつゝきも庵は破らず夏木立

   幻住庵

先たのむ椎の木もあり夏木立

子規啼や黒戸の濱庇

ほとゝぎす消ゆく方や島ひとつ

   裏見の滝

時鳥うらみの瀧の裏おもて

みちのく一見の桑門同行二人、那須のしのはらを尋て、なを殺生石見むと、いそぎ侍るほどに雨ふり出ければ、先、此家にとゞまり候。

落來るや高久の宿のほとゝぎす

   那須野にて

野を横に馬ひきむけよ郭公

時鳥聲横たふや水の上

一聲の江に横たふや杜宇

   嵯峨にて

ほとゝぎす大竹藪をもる月夜

時鳥啼や五尺のあやめ草

   仙臺にて

田や麥や中にも市の時鳥

あけぼのやまだ朔日に杜宇

   不卜一周忌、琴風興行

時鳥啼音や古き硯箱

ほとゝぎす啼啼飛ぞいそがはし

木隠れて茶摘も聞や郭公

   するがの國に入て

駿河路や花たちばなも茶の匂ひ

   落柿舎

柚の花に昔をしのぶ料理の間

   道芝にやすらひて

どんみりと樗や雨の花ぐもり

   岱水亭

雨折々思ふことなき早苗哉

   蘆 野

田一枚植てたち去る柳かな

   奥州、今のしら川に出 二句

西かひがしかまづ早苗にも風の音

早苗にも我色黒き日數かな

みちのくの名所名所心に思とめて、先關屋の跡なつかしきまゝに、ふる道にかゝりて、今白川もこえぬ。頓て岩瀬郡に至て、乍單齋等躬子の芳扉を叩く。かの陽關の出て、故人に逢なるべし。

風流のはじめやおくの田植歌

しのふの郡忍ふの里とかや、文字摺の名殘とて方二間ばかりふる石有。此石は昔女の思ひに石と成て、其面に文字有とかや。山藍すりみだるゝ故に、戀によせて多くよめり。今は谷間に埋れて、石の面は下ざまに成たれば、させる風情も見えず侍れども、さすがに昔覺て、なつかしければ

さなへとる手元やむかししのぶ摺

   尾張の舊交に對す

世を旅に代かく小田の行戻り

晝見れは首筋赤きほたる哉

草の葉を落るより飛ぶ螢哉

まことに須磨、明石の其さかひは、はひわたるほどと、いへりける源氏のありさまも、おもひやるにぞ、今はまぼろしの中に、夢をかさねて、人の世の榮花もはかなしや

蝸牛角ふりわけよ須磨あかし

   許六が木曾路に赴く時 二句

うき人の旅にもならへ木曾の蠅

椎の花こゝろにも似よ木曾の旅

   尿前の山家

蚤しらみ馬の尿するまくらもと

   清風亭

這ひ出よかひやが下のひきの聲

   木因亭竹酔日

降ずとも竹植る日はみのと笠

   訪隱者

世の人の見付ぬ花や軒の栗

鎌倉はいきて出けん初松魚

やみの夜や巣をまどはして啼千鳥

しら川に何云へ文をつかはすはしに

關守の宿を水鷄にとはうもの

露川がともがら、佐谷まで道送りして、倶に隠士山田氏が亭にかり寝す。

水鷄啼と人のいへばや佐谷泊り

   武隈の松にて

櫻より松は二木を三月越

   留 別

あやめ草足に結ばむ草鞋の緒

さみだれにかくれぬものや瀬多の橋

   阿武隈川の水源にて

五月雨は瀧降り埋む水かさ哉

   醫王寺にて

笈も太刀も五月にかざれ紙幟

藤中将さねかたのつかは道より一里ばかり、笠島といふ處にありといへど、さみだれ降りつゞきて、みちもいとあしければ、わりなく見過して通りぬ。

笠じまはいづこ五月のぬかり道

   中尊寺

さみだれの降殘してや光堂

   もがみ川 二句

五月雨をあつめてはやし最上川

風の香も南にちかしもがみ川

日の道やあふひかたぶく五月雨

   信濃の洗馬

入梅ばれのわたくし雨や雲ちぎれ

   落柿舎頽破

さみだれや色紙へぎたる壁の跡

   露沾へ申侍る

さみだれに鳰の浮巣を見に行む

   さつき三十日の不二の思ひ出らるゝに

目にかゝる時や殊さら五月富士

五月の雨風しきりに落て、大井川、水出侍りければとゞめられて島田に逗留す、如舟、如竹などいふ人の許にありて 二句

(ちさ)はまだ青葉ながらに茄子汁

五月雨の雲吹おとせ大井川

   那須の光明寺にて

夏山に足駄を拜む首途かな

紫陽花や帷子時のうす淺葱

   子珊亭にて

紫陽花や藪を小庭の別坐しき

   重行亭にて

珍らしや山を出羽のはつ茄子

   正成之像、鐡肝石心此人之情

なでしこにかゝる涙や楠の露

   高館にて

夏草やつはものどもが夢の跡

   殺生石にて

石の香や夏草赤く露暑し

   清風亭 二句

行末は誰肌ふれむ紅の花

眉掃を俤にして紅のはな

   己百亭

やどりせむ藜の杖になる日まで

秣おふ人をしをりの夏野かな

うき我をさびしがらせよかんこ鳥

   稲葉山にて

撞鐘もひゞくやうなり蝉の聲

   立石寺にて

しづかさや岩にしみ入せみの聲

   無常迅速

やがて死ぬけしきは見えず蝉の聲

   平田の李由が許へ文の音信に

ひるがほに晝寝せうもの床の山

落梧なにがしのまねきに應じて、稲葉山の松の下納涼して、長途の愁をなぐさむほど

山かけや身を養はん瓜はたけ

初真桑たてにやわらむ輪にやせむ

   去來か別墅にて

朝露によごれて涼し瓜の泥

柳骨離片荷はすゞしはつ眞桑

さゞれ蟹足はひのぼる清水哉

   岐阜山にて

城跡や古井の清水先問む

那須の温泉明神、拝殿に八幡宮を迂し奉りて、兩神一方に拝れ給ふ。

湯を結ぶちかひも同じ石清水

結ぶよりはや齒にひゞくしみづ哉

手を打ば谺に明る夏の月

夏の夜やこだまに明る下駄の音

   明石夜泊

蛸壺やはかなき夢を夏の月

夏の夜やこだまに明る下駄の音

夏の月御油より出て赤坂や

   秋鴉主人の佳景に對す

山も庭にうごき入るや夏坐しき

名にしおへる、鵜飼といふものを見侍らんと、暮かけていざなひ申されしに、人々いなばの木かげに席を設け、盃をあげて

又たぐひながらの川の年魚鱠

   うぶねも通り過るほど歸るとて

おもしろうてやかてかなしき鵜舟哉

本間氏主馬が亭にまねかれしに、大夫が家名を稱して、二句

ひらひらとあぐる扇や雲の峰

蓮の香に目をかよはすや面の鼻

雲のみねいくつ崩れて月の山

六月や峰に雲おくあらし山

清瀧や浪に散りこむ青松葉

かたられぬ湯殿にぬらす袂哉

松風の落葉か水の音すゞし

   石山丈山の像

風かほる羽折は襟もつくろはず

   小倉山常寂寺にて

松杉をほめてや風の薫る音

湖やあつさを惜む雲の峰

千子が身まかりけるを聞て、みのゝ國より去來が方へ、申つかはし侍りける

なき人の小袖もいまや土用干

   十八樓記

此あたり目に見ゆる物みな涼し

   清風亭

涼しさを我やどにしてねまる也

   羽黒山にて

有難や雪を薫らす南谷

すゞしさやほの三日月の羽黒山

   袖の浦の眺望

あつみ山や吹浦かけて夕すゞみ

   寺島彦介亭

暑き日を海に入たりもがみ川

象潟や雨に西施がねぶの花

汐越や鶴脛ぬれて海涼し

西行法師

きさかたのさくらはなみにうつもれて花の上こぐあまのつりふね。花の上こぐとよみ給ひけん古き櫻も、いまだ蚶満寺のしりへに殘りて陰波をひたせる夕ばれ、いと涼しければ

夕晴やさくらに涼む波の花

   雪芝亭

涼しさや直に野松の枝の形

   野水新宅

涼しさは指圖に見ゆる住ひかな

考證

   長貞亭

海ははれてひえ降の寺五月かな

   松島

島々や千々にくだきて夏の海

松しまや夏を衣裳の水と月

   野明亭

清瀧の水くみよせて心太

   光明寺にて

汗の香に衣ふるはん行者堂

發句秋之部

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