2011年愛 知

東観音寺〜芭蕉の句碑〜
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豊橋市小松原町に東観音寺という寺がある。


東観音寺山門


八脚門である。

天平5年(733年)、行基によって開かれたとされる。

小松原山東観音寺


本尊は馬頭観音。

文永8年(1271年)に寄進された。

臨済宗妙心寺派の寺である。

本堂の右手に多宝塔がある。


大永2年(1522年)に建立されたとされる。

国指定の重要文化財である。

本堂の左手に芭蕉の句碑があった。


道のへの木槿は馬に喰れけり

出典は『野ざらし紀行』

貞享元年(1684年)秋、大井川を越えて詠まれた句。

 寛政12年(1800年)夏、東観音寺住職万年和尚と京都の俳人柳後苑野狂が建立。

山口誓子は、東観音寺を訪ねて句碑を見ている。

 東観音寺に着くと、古い山門が立っている。境内は、右手に古い多宝塔、正面に本堂。その本堂の裏に句碑があると聞いて来たのに、右手へ廻るその道は草で塞がれている。

 尋ねて探しあてた句碑は、本堂の前、左手の築山に移されていた。蘇苔のついた自然石の広い面に、細字が書いてあるが、それは読めず、

   道のべの木槿は馬に喰はれけり

だけ読める。正しい書である。

 この句は、「甲子吟行」に出て、「馬上の吟」という前書がついている。芭蕉は鞍上にあって、馬の振舞に目を着けていたのだ。馬は道ばたの木槿の花を食いとった。木槿の花を主として詠えば、この句のような受身の句になる。「道のべの木槿」はいかなる厄に会うかも知れぬ。「馬に喰れけり」はその厄の一つだ。

 句は、「甲子吟行」の、大井川と小夜の中山の間に挿入されている。この句と小松原とは何の関係もない。ありとすれば、この寺の「馬頭観世音」の「馬」の関係。寛政十二年の建立。


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