岩間乙二



『はたけせり』(乙二編)

文化元年(1804年)、刊。巣兆序。みち彦跋。

   十時庵に行事六たび、さるほどに
   雪と時雨と降かはりて

都鳥なるれば波のかもめかな
   乙二

   柊うりにたちまじりつゝ
   みち彦



よき人の門見て過る小はる哉
   升六

山風の吹て久しきつばきかな
   一草

雪となる雨や朱雀の小燈籠
   重厚

明安き夜を淺澤のかきつばた
   玉屑

十月や日ぐれ日ぐれの西あかり
   丈左

旅にあれば物くふひまも梅の花
   羅城

きのふ見しまゝにもあらず枯尾花
   岳輅

世の中にたらぬ鳥也ほとゝぎす
   松兄

柿寺ややぶの中にも鳴ちどり
   士朗

落葉して空の哀はやみにけり
   柳荘

今の間に冴かへりけりをみなへし
   蕉雨

朝のすゝきなまなましくも匂けり
   素檗

夕波をもつて出けりはるの月
   若人

よき里や門口までも早稲日和
   虎杖

永き日の庵の守する菴かな
   伯先

柿の色遠山松もさむくなる
   如毛

寒あけの朝寝を起すとなり哉
   雲帯

からす來て何ともせぬや萩の花
   可都里

晝からの日はよく照てきくの花
   漫々

見ぐるしき旅のこゝろよはるの雨
   卓池

たやすくも時雨そめけり山の家
   嵐外

けさのはるどこぞに誰ぞ草まくら
   樗堂

杜若山路わづらふひまもなし
   碩布

願あるうき世か花に番ぶくろ
   星布

若竹を杖にもいざやふしみまで
   双烏

なの花や薺のはなは戀をもつ
   柴居

岨の雪木に居る鳥も見へてふる
   雨塘

松風の下をふくなりはるの風
   眉尺

柿賣のいとま乞する月夜かな
   葛三

秋の日もしらぬ男歟松葉かき
   幽嘯

ある人のすなるよきくの虫供養
   五明

   はし書略

松島のはつ日を産し朝日哉
   長翠

蝶鳥のちいさき眼にも秋のかぜ
   詠歸

朝とくにわらふとなりやはるの雪
   一瓢

あらたまる梅よ月夜よ我は何
   其堂

こと繁き松のこゝろよ松の雪
   完來

峰の松雨こぼすまでかすみけり
   春蟻

きのふ寢し嵯峨山みゆるはるの雨
   一茶

よしきりの癖を見に來る畫書哉
   恒丸

ゆふだちに眼もさまさずやあすならふ
   應々

里並や杓子くれても春をいふ
   無説

舟木伐ると聞さへおそき日頃哉
   みち彦

   人の交りは蜜のごとくならんより、
   沸澤水の流とゞまらず、物にした
   がひて西すべく、ひんがしすべき
   こそ嬉しけれ。一掬して無味のあ
   ぢはひをあましとす。これは水を
   もて水に投ずるに誰の人か其さか
   ひを見ん。我しらけたるたぶさ髪
   は、ふたりの入道たちに姿はかは
   れども心情さらに隔なし。けふの
   踏青や、句をいひ、ぬばなぬき、
   酒のみなど、おもひおもひの遊も
   日いたく西におつれば、例の草堂
   にかしらつどへて、ひとつふとん
   を奪合ふ。是日々のおもむきなり。

はる風のあとさきもみな噺かな
   成美

うめの木下の夜はなかりけり
   乙二

芦の芽の錐もかくさぬ波よせて
   巣兆



鍋の尻かきに出ても啼ちどり
   浙江

うぐひすのものにして置小家哉
   双樹

夏の夜を毎日松のあさ日かな
   成美
  みちのく
華つくや深山分出るぬれうつぼ
   鬼子

うぐひすの居處ゆかし秋の雨
   鬼孫

人の扇ゆかしとおもふ折もあり
   冥々

柿もみぢ馬はいくつもはなれ居て
   露秀

山あらめきくうる人の歸る道
   雨考

秋の日のほそきにならへ柿なます
   平角

夏川や蜷にすみきる水の垢
   鷄路

ありあけし笘のとめ火よ初がすみ
   英里

蝙蝠よ來ん世は鶴歟うぐひすか
   素郷

かたぶくは月のくせなり鹿の聲
   雄淵

うぐひすや山の厠に霜見ゆる
   百非

麥の秋晝はひるなり月夜なり
   白居

はな蓼や淋しさ過て夜見ゆる
   鉄船

あとじさる方もすみれぞしのぶ山
   巣居

あすからは朝の間に見ん秋の山
   曰人

蔦かづら思ひもかけぬ酒屋哉
   麦蘿

うぐひすの野うつりしてや淺香山
   素月

うす暮をめでたくしたり時鳥
   きよ女

松の葉や一霜はれし窗の山
   布席

   旅のころ

見るうちに淋しうなるな須磨の春
   大呂

雪解を見はりて居るや岨の鳩
   みち彦

   かすむ空にもなくならぬ月
   乙二



   西遊のころ

茶筌賣京の御秡に老といふ
   恒丸

蜊とらば波の雛鶴居もすまじ
   夜來

   附録

   趣向のぬしの句

初しぐれ猿も小簔をほしげ也
   はせを

毛ごろもにつゝみてぬくし鴨の足
   ゝ

笠の緒の跡すさまじや秋の月
   丈艸

夕立にはしりおりるや竹の蟻
   ゝ

都にも住まじりけり角力とり
   去來

   ありありと仕立たる句

なのはなや一本咲し松のもと
   宗因

蛇のきぬぬぎてかけたる櫻かな
   許六

冷々と壁をふまへて晝ね哉
   芭蕉

   古き趣向ながら、五七五の内にて
   言葉のぬしになりて、我物になり
   たる句

花咲て七日鶴見る麓かな
   はせを

あら海や佐渡に横たふ天の川
   ゝ

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