岩間乙二
『はたけせり』(乙二編)
旅すればそれさへうれし畑せり 乙二僧都、旅にありて此集をつくる發意なり。但し句の意は、徒にあるゝ薗生のはたけ芹侘しげにてもある世なりけり、といふ古うたをとりて、かゝるわびしきものをさへ、おもしろき事のかぎりとおもひふけりて、草紙の名にまでものせし作者のこゝろおして知るべし。あはれ薗生の畑芹、見るにさみしと打返して、かの文七が元結車の舟ひき歩みさする場なんど作るべからず、すゝき・かるかやしげる中に、でゞ虫のもの閑なるたどりをも見知られなば、それぞ僧都の本意にもかなひ侍りなん。文化元年三月、せき屋のさとの花見がてらに、草の戸ぼそを訪はれて巣兆レ序。 |
十時庵に行事六たび、さるほどに |
|
雪と時雨と降かはりて |
|
都鳥なるれば波のかもめかな | 乙二 |
柊うりにたちまじりつゝ | みち彦 |
旭よき峰々かたれはちたゝき | 大江丸 |
よき人の門見て過る小はる哉 | 升六 |
山風の吹て久しきつばきかな | 一草 |
雪となる雨や朱雀の小燈籠 | 重厚 |
明安き夜を淺澤のかきつばた | 玉屑 |
十月や日ぐれ日ぐれの西あかり | 丈左 |
旅にあれば物くふひまも梅の花 | 羅城 |
きのふ見しまゝにもあらず枯尾花 | 岳輅 |
世の中にたらぬ鳥也ほとゝぎす | 松兄 |
柿寺ややぶの中にも鳴ちどり | 士朗 |
落葉して空の哀はやみにけり | 柳荘 |
今の間に冴かへりけりをみなへし | 蕉雨 |
朝のすゝきなまなましくも匂けり | 素檗 |
夕波をもつて出けりはるの月 | 若人 |
よき里や門口までも早稲日和 | 虎杖 |
永き日の庵の守する菴かな | 伯先 |
柿の色遠山松もさむくなる | 如毛 |
寒あけの朝寝を起すとなり哉 | 雲帯 |
からす來て何ともせぬや萩の花 | 可都里 |
晝からの日はよく照てきくの花 | 漫々 |
見ぐるしき旅のこゝろよはるの雨 | 卓池 |
たやすくも時雨そめけり山の家 | 嵐外 |
けさのはるどこぞに誰ぞ草まくら | 樗堂 |
杜若山路わづらふひまもなし | 碩布 |
願あるうき世か花に番ぶくろ | 星布 |
若竹を杖にもいざやふしみまで | 双烏 |
なの花や薺のはなは戀をもつ | 柴居 |
岨の雪木に居る鳥も見へてふる | 雨塘 |
松風の下をふくなりはるの風 | 眉尺 |
柿賣のいとま乞する月夜かな | 葛三 |
秋の日もしらぬ男歟松葉かき | 幽嘯 |
ある人のすなるよきくの虫供養 | 五明 |
はし書略 |
|
松島のはつ日を産し朝日哉 | 長翠 |
蝶鳥のちいさき眼にも秋のかぜ | 詠歸 |
朝とくにわらふとなりやはるの雪 | 一瓢 |
あらたまる梅よ月夜よ我は何 | 其堂 |
こと繁き松のこゝろよ松の雪 | 完來 |
峰の松雨こぼすまでかすみけり | 春蟻 |
きのふ寢し嵯峨山みゆるはるの雨 | 一茶 |
よしきりの癖を見に來る畫書哉 | 恒丸 |
ゆふだちに眼もさまさずやあすならふ | 應々 |
里並や杓子くれても春をいふ | 無説 |
舟木伐ると聞さへおそき日頃哉 | みち彦 |
人の交りは蜜のごとくならんより、 |
|
沸澤水の流とゞまらず、物にした |
|
がひて西すべく、ひんがしすべき |
|
こそ嬉しけれ。一掬して無味のあ |
|
ぢはひをあましとす。これは水を |
|
もて水に投ずるに誰の人か其さか |
|
ひを見ん。我しらけたるたぶさ髪 |
|
は、ふたりの入道たちに姿はかは |
|
れども心情さらに隔なし。けふの |
|
踏青や、句をいひ、ぬばなぬき、 |
|
酒のみなど、おもひおもひの遊も |
|
日いたく西におつれば、例の草堂 |
|
にかしらつどへて、ひとつふとん |
|
を奪合ふ。是日々のおもむきなり。 |
|
はる風のあとさきもみな噺かな | 成美 |
うめの木下の夜はなかりけり | 乙二 |
芦の芽の錐もかくさぬ波よせて | 巣兆 |
鍋の尻かきに出ても啼ちどり | 浙江 |
うぐひすのものにして置小家哉 | 双樹 |
夏の夜を毎日松のあさ日かな | 成美 |
みちのく |
|
華つくや深山分出るぬれうつぼ | 鬼子 |
うぐひすの居處ゆかし秋の雨 | 鬼孫 |
人の扇ゆかしとおもふ折もあり | 冥々 |
柿もみぢ馬はいくつもはなれ居て | 露秀 |
山あらめきくうる人の歸る道 | 雨考 |
秋の日のほそきにならへ柿なます | 平角 |
夏川や蜷にすみきる水の垢 | 鷄路 |
ありあけし笘のとめ火よ初がすみ | 英里 |
蝙蝠よ來ん世は鶴歟うぐひすか | 素郷 |
かたぶくは月のくせなり鹿の聲 | 雄淵 |
うぐひすや山の厠に霜見ゆる | 百非 |
麥の秋晝はひるなり月夜なり | 白居 |
はな蓼や淋しさ過て夜見ゆる | 鉄船 |
あとじさる方もすみれぞしのぶ山 | 巣居 |
あすからは朝の間に見ん秋の山 | 曰人 |
蔦かづら思ひもかけぬ酒屋哉 | 麦蘿 |
うぐひすの野うつりしてや淺香山 | 素月 |
うす暮をめでたくしたり時鳥 | きよ女 |
松の葉や一霜はれし窗の山 | 布席 |
旅のころ |
|
見るうちに淋しうなるな須磨の春 | 大呂 |
雪解を見はりて居るや岨の鳩 | みち彦 |
かすむ空にもなくならぬ月 | 乙二 |
西遊のころ |
|
茶筌賣京の御秡に老といふ | 恒丸 |
蜊とらば波の雛鶴居もすまじ | 夜來 |
附録 |
|
趣向のぬしの句 |
|
初しぐれ猿も小簔をほしげ也 | はせを |
毛ごろもにつゝみてぬくし鴨の足 | ゝ |
笠の緒の跡すさまじや秋の月 | 丈艸 |
夕立にはしりおりるや竹の蟻 | ゝ |
都にも住まじりけり角力とり | 去來 |
ありありと仕立たる句 |
|
なのはなや一本咲し松のもと | 宗因 |
蛇のきぬぬぎてかけたる櫻かな | 許六 |
冷々と壁をふまへて晝ね哉 | 芭蕉 |
古き趣向ながら、五七五の内にて |
|
言葉のぬしになりて、我物になり |
|
たる句 |
|
花咲て七日鶴見る麓かな | はせを |
あら海や佐渡に横たふ天の川 | ゝ |