俳 人

田村巣居 百非・心阿


 仙台原町の観音堂別当清光院十世権大僧正亢亮。俗姓田村。別号桃地。丈芝坊白居の門人。

 寛政12年(1800年)5月、常世田長翠は田村巣居を訪れている。

 享和年間の夏、今泉恒丸は巣居の世話になる。

 文化4年(1807年)、『おくの海集』(巣居編)。

 文化5年(1808年)、多賀庵玄蛙は巣居を訪ねている。

   仙台に杖を留る比

鳥と寝ぬ夜はなかりけり蔦の菴
 玄蛙

   余りしたしく袖にさす月
 巣居

橋かける古郷の秋の行かてに
 百非


   餞巣居

 去年の夏別れし人の、ことしの夏帰来て、またすでにわかれんとす。またいづれの夏か相見んや。水の月鏡のかげもうつりゆけば、又あふまでは悲しかるべし。さればけふの一夜は千金なりと戯れて、

 あたふたと明すべきかは夏の月


 文化7年(1810年)9月14日、今泉恒丸は60歳で没。

   十とせまりさきの夏宿かしたる恒丸、下総に
   終をとりしと聞侍りて

ものゝ香やかしたる蚊帳はありながら
草居
      (※蚊帳=「巾」+「厨」)
『玉笹集』

 文化10年(1813年)10月30日、乙二はきよの手紙で巣居が亡くなったことを知る。

巣居が身まかりしよし、きよがもととより文こしけるに驚きて

けふよりや仏をつくる雪と見る


巣居の句

しつまりて待や遠音の杜宇


哀なる人にすれたる尾花哉


さゝ原やくらき方より秋の風


あとじさる方もすみれぞしのぶ山


秋もはや朝日さし入膝のうへ


松原やすこしの隙も秋のそら


焼松のミとりを呼歟閑古鳥


我さとに似た処あり梅のはな


白露の明りや馬の見ゆるまで


あさがほの遠山いろに咲にけり


蕣にけずりとらるゝ心かな


加茂の水もて來てひやせ粽五把


妻木あり水あり住バ春の山


大寺や疊に遊ぶはるの鳥


庚申の月ハ出しよ鉢たゝき


波ふミてほむらさます歟磯の鹿


更衣蚫(あわび)の玉に喰あてし


初しくれ小野のけふりも交るへし


巣居の子に百非と心阿がいる。

   送百非・天民帰奥州

 廿日あまりもゐなじみたる人の、またおぼつかなき旅の空に、「わが名呼れん」と風狂して、みちのくに帰りゆく百非・天民が別れを送る。中にも百非は、わが友巣居が子とさへいへば、さすがにあはれに名残をしくて、

 しぐれ来るあすをもまたで旅の空


 文化12年(1815年)、巣居三回忌追善『みかさねの滝』(百非編)。

 天保7年(1836年)、百非三回忌追善・巣居追善『枯萩集』(心阿編)。

 嘉永4年(1851年)3月15日、大坂の鼎左及び江戸の一具は松島の瑞巌寺に「芭蕉翁奧の細道松島の文」の碑を建立。

芭蕉翁奧の細道松島の文


心阿の句も刻まれている。

月こそと思ふに雪の千松島

 嘉永4年(1851年)8月、蘭庭夢庵社中は榴岡天満宮に親子の句碑を建立。



寂しさは生れつきなり松の花
   百非

木の葉火のぺらぺら過る月日かな
   巣居

ふるるものみな輝きぬけふの月
   心阿

百非の句

うぐひすや山の厠に霜見ゆる


野ゝ梅にひとり馴たる遊びかな


ほちほちとうまるゝ露の千松島

芽花野に人の出ぬ日ハなかりけり


草の戸や逃かくれても秋の暮


草の露先実のりけり郭公


いろいろの寐皃みえ鳧露の宿


聞うとて空寐したそやきりきりす


はつ雪を直に敷ふぞ柴一把


野の草に追あけられて月夜哉


聞う迚(とて)そら寐したぞやきりぎりす


野の哀さはさりなから初時雨


にこにこと夜は明にけり春の山


飛やうになる迄なりて落葉かな


心阿の句

はつ音とは春のことなり時鳥


また鳥のうちなり花に時鳥


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