金子兜太の句碑

金子兜太の句


   『金子兜太句集』

   長 崎

広場一面火を焚き牙むく空を殺す

彎曲し火傷し爆心地のマラソン

子が灰皿に火を燃す雪の銀行員

“にほん恋しや”絵葉書売りに海泣く今

塀白くうつむき堪える夜の母

山上の墓原をわたる天を誹り

友を窺う蜘蛛夕空の癌と化し

塩強き半島飢える吃りつつ

摩羅おどらせ君等は駈ける朝の干潟

   鹿児島 八句

緑の台地わが光背をなす五月

熔岩(らば)につづく緑野莫大なこの阻害

夕焼噴煙灰ふる地帯の朱の家族等

熔岩(らば)押し出す貧農のごと体歪め

熔岩(らば)真昼生者皮膚乾きかつ渇き

肉むく活火山ポケットに無意味な指

黒い桜島折れた銃床海を走り

   林芙美子碑

花は苦しと火口が堡塁の少女期経て

   『蜿 蜒』

   ●栗林農夫死去(二句)

ここら切なし邸宅犬飼い溝(どぶ)匂わせ

灯をかかげ夜が明確な生者の宴

   『暗緑地誌』

   燈下美貌

靄から夜へ島も燈下のわれも美貌

   『旅次抄録』

霧と白鳥白鳥に霧というべきか

鬼の石も仏も青し雨の旅

海鳥が激突おのれの磨崖仏

石仏にぶつかり散乱の海鳥

大日如来白い海鳥は死んで

対岸は灯の海真水海に湧き

真水に涌く鰈ひたすら山河あり

   『遊牧集』

父亡くして一茶百五十一回忌の蕎麦を食う

谷間谷間に満作が咲く荒凡夫

(しし)が来て空気を食べる春の峠

   『猪羊集』

   越中 六句

立山や便器に座禅のような俺が

黄葉に蛇古川老人病み給う

たえず金属音とあり猫又駅わびし

黒部は雨白豹の斑の山毛欅(ぶな)の樹も

遠く紅葉山女人は眠る男は踊る

黒部の沢真つ直ぐに墜ちてゆくこおろぎ

   『皆之』

夏潮の鵜戸神宮に陰(ほと)見す婆

   秋田、男鹿半島にて(五句)

潟は一つ目且澄み秋耕の人に

稲穂田に男鹿の白濤がかぶさる

日本海の荒髪おどる薄月夜

男鹿荒浪よろめき来たる病みの僧

核なくせ波濤崩れるは秋の怒り

   若狭小浜にて(四句)

肉体萎えるや窓に鴎の背中見えて

鳶喘ぎ喘ぎ秋禿頭の上に墓

風立ちぬわが裏窓に海鳥数羽

日本海秋なり星座の唾が降る

   熊野にて

大瀧という欠落に似た宇宙

大瀧つつむ山山濃緑の股倉

夜は音のみの大瀧旅の一人病む

吾妻安達太良接部に幼女冬のように

医王寺に寄らず過ぎし夏病む子規

今年の旅もこれで終りか鷹の天(そら)

   谷川岳南面(三句)

谷川岳南面残雪のいまは灰色

谷川岳南面われとの間(あい)に風音一度

谷川岳南面はるばると墜ちて旌節花(きぶし)

たつぷり鳴くやつもいる夕ひぐらし

   『両神』

   飛騨古川

斑雪嶺(はだらね)の紅顔とあり飛騨の國

小鳥来る全力疾走の小鳥も

   白河の関から陸奥湾岸へ(六句)

卯の花に曾良が剃りたて頭(つむり)かな

毛越寺飯(いい)に蠅くる嬉しさよ

日本中央とあり大手鞠小手鞠

裸か子に若布はりつく外の浜

陸奥蒼しと海鞘(や)帆立貝(ほたて)を倦かず食う

夏草や西風(にし)吹きあげて蝦夷は見えぬ

   愚陀仏庵

二階に漱石一階に子規秋の蜂

   隈治人他界

紅葉且つ散る轟音のごとく散る

   藤後左右他界

ずんぐりの志布志の人と秋白波

   花巻(二句)

イーハトーブにちちろいとどと一泊す

花の牧赤松林の月の出に

   高知幡多郡。上林暁に「四万十川の青き流れを忘れめや
   あり(四句)

川青きは即ち清なり菜の花盛り

清は静鮴(ごり)は簀箱に溢れいる

川清く人の親しさ赤目育つ

女人笑い鯨は急ぐ春の海

   『東国抄』

よく眠る夢の枯野が青むまで

初夏の月放ちてくちびる山幼し

   丸亀城

石垣の艶めく肌よ秋の潮路

小鳥来て巨岩に一粒のことば

   小豆島にて 二句

南郷庵咳するだけの放哉なり

風音に放哉の魂を冬の島

   『日常』

   伊良湖岬にて 五句

伊良湖晴れたり白芥子の杜国

青葉潮若き杜国に芭蕉ありき

差羽帰り来て伊良湖よ夏満ちたり

一つ一つ青葉潮から来る白波

曇れば更に夏浪白伊良湖岬

   宮崎青島 四句

ここ青島鯨吹く潮われに及ぶ

海鳥の颯々と過ぐ遊子の秋

沖濁らせ岩礁(いくり)和ませ日向の秋

白波の限なし日向灘夜長

   出羽・本合海 五句

霧をゆきふと月に会う最上川

霧の奥最上川音曾良の声も

鳥海山初雪われにうつすらと陽射し

本合海耕人切に芭蕉語る

月の出の義経忌過ぎし最上川

   岐阜県兼山町に句碑(兼山町、可児市に吸収合併)

城山に人の暮しに青あらし

   都井岬にて 三句

霧の海ひつそりと春情の野生馬

蘇鉄雄花野生馬の男根のごとく

屋久島かすかに見える岬に飛魚(あご)食うぶ

   其角に句あり「かたつぶり酒の肴に這せけり」

蛇も住む其角の庭のエスカルゴ

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