2010年〜埼 玉〜
常光院〜碑巡り〜

熊谷市上中条に常光院(HP)という寺がある。
常光院は中条氏館跡。埼玉県指定文化財史跡である。
長承元年(1132年)、藤原常光は国司として下向し、中条の地に館を構えて中条氏を名乗る。
保延3年(1137)5月1日、病没。
治承4年(1180年)、常光の孫の家長は16歳で石橋山の合戦に頼朝に扈従。
文治5年(1189年)、奥州藤原氏征伐に参陣。
建久3年(1192年)、家長が館の一部を寺とした。
嘉禄元年(1225年)、家長は鎌倉の評定衆に任命される。
龍智山毘盧遮那寺

天台宗別格本山である。
常光院は熊谷厄除大師として知られているようだ。

厄除大師をお祀りしている。
厄除大師は慈恵大師良源のこと。
永観3年(985年)正月3日に遷化されたので、元三大師という。
境内に金子兜太の句碑があった。

たつぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし
『皆之』収録。昭和60年(1985年)の句。
平成4年(1992年)3月28日、建立。
常光院句碑除幕。常光院の前庭、泊木蓮開花の下に、「たつぷりと鳴くやつもいる夕ひぐらし」の句碑。その後方に桜花三分。桃満開。小生の碑の斜め後ろに、門の方を向いて宇咲冬男の句碑。
世話、設営は一切暉峻康隆、松澤昭他現俳常任現俳常任四名、堀葦男、黒田杏子、ドイツの女性二人など。暉峻の話たのし。
『金子兜太戦後俳句日記』
宇咲冬男の句碑もあった。

行けどゆけど大虹のしたぬけきれず
宇咲冬男は本名小久保誠。
昭和6年(1931年)12月、常光院に生まれる。
「初しぐれの巻」の連句碑があった。

平成五癸酉芭蕉翁三百回忌
追善脇起俳諧の連歌
旅人と我名よばれん初しぐれ
| 芭蕉翁
|
|
なお咲きつづく山茶花の道
| 熊谷小久保康田
|
小久保康田大僧正は常光院貫主である。
以下42句続く「世吉」。
国際俳句と連句碑があった。

棘の間に薔薇麗しく棲む不思議 サビーネ・キュープラー
オモテ6句「桜かな」の巻 冬男捌き
さまざまの事おもひ出す桜かな
| 芭蕉
|
交流深む春の俳筵
| 宇咲冬男
|
お茶室に招かれ聴くは初音にて
| エリカ・シュヴアルム
|
皇居を出でて橋渡る馬車
| シュレーダー美恵子
|
月光のお濠の水に輝ける
| ラーシュ・バリエー
|
葡萄摘み終え感謝ひとしお
| マルティン・ベルナー
|
ドイツ語に翻訳されている。
日本語に翻訳されていると言うべきであろう。
平成18年(2006年)4月2日、建立。
桐雨と冬男の連句碑もあった。

桐雨は鹿児島県出身の国文学者暉峻康隆(てるおかやすたか)の俳号。
平成13年(2001年)4月2日、93歳で死去。
小久保てい女の「鏡」の歌碑があった。

影見つゝこゝろ繕う人あらはいかに鏡も嬉しからまし
てい女は冬男の母堂。土屋文明門下の歌人。
昭和56年(1981年)1月10日、87歳で没。
平成18年(2006年)4月2日、建立。
2010年〜埼 玉〜に戻る
