汀子句碑

『汀子句集』

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   昭和27年

海女のその物語今秋の海

夏服の女現はれ墓よぎる

その海女の話の墓の片陰に

今はまだ旅の心に落葉踏む
          宝塚会館 二句
この度の紅葉の旅の想ひでは

   昭和28年

阿寒湖の晴れて樹海のあたりの霧

鴨の浮く水のつゞきにまりも見る

摩周湖の神秘なる蚊に喰はれけり

   昭和29年

ともかくも宿に帰れば火鉢あり旅
          琴平さくら屋
   昭和30年

田植よりみのりの土佐へ空の旅
          高知 五句 七・九
虹立つや狂女の唄ふ唄悲し

灯を入れて絵を選び買ふ走馬燈

撒水車道広ければ又通る

旅暑し土佐も讃岐も同じほど

   昭和31年

   結婚して稲畑汀子となる

山荘の月見草恋ふ心あり

   昭和35年

母先に寝てしまひたる子の昼寝

一本の紅葉目にとび込んで来し
          京都修学院 四句
虹立つや狂女の唄ふ唄悲し

どこよりもここより見ゆる紅葉山

北山へ近づくよりの紅葉よし

一本の紅葉に染まりゆくわれか

   昭和40年

目に慣れし花の明るさつゞき居り

あたゝかと思ひし日々もあともどり

雨多き日のいつの間につゝじ咲く

   昭和46年

水音のかすかにありて涼しさよ

   昭和48年

車乗り入れて葭切りさわぐ沢
          九州城島高原
高原の薊はまぎれ易き色
          九州阿蘇へ
活けてみて蕾は淋し薔薇五本

夏潮に道ある如く出漁す
          徳島
見渡せる場所が涼しき高さかな
          岡山高松稲荷
滝道となれば迷はず行けるもの
          布引の滝 二句
雌滝には行かず雄滝を引き返す

   昭和49年

飛び翔ちてせきれいと知る迄のこと
          九州室見川畔「とり市」にて
          河野静雲翁の葬儀に参列した折
白魚の旬に早しと簗を守る

活白魚とて口中をまだ動く

海底の見ゆる夏潮よき入江
          北海道 四句
旅予定変へねばならぬ蝦夷の海霧

蝦夷はまだたんぽぽ咲いて旅人に

蝦夷に咲くマーガレットは野の花よ

札所にも咲けば似合ひて冬薔薇
          徳島 三句
返り咲くもの見かけるも阿波の旅

どうせすぐ風に乱るる木の葉髪

暖房のきかぬ廊下を通らねば
          琴平

昭和51年(1976年)、『汀子句集』刊行。

『汀子第二句集』

   昭和51年

風少しあり梅の香を運ぶほど

帰る気になかなかならず山車に従き

祭見ることにはじまる能登の旅

冬になほ龍野の紅葉心惹く

   昭和52年

草萌の野に敷く茣蓙のふくらみに

   昭和54年

浮かれゆく心の課程阿波踊

踊の句書けば踊の団扇かな

顔併せすめば踊の仲間かな

街角の少し暗きに踊り痴れ

父の死に秋冷ゆる夜となりにけり

   昭和55年

病人に一人の時間水中花

祭見の心の隅に去らぬこと

恙夫(つつがつま)忘れがちにも山笠を見に

追山笠へ寐過ごせぬ旅それもよく

人生の重きときあり星月夜

長き夜の苦しみを解き給ひしや

露の世の未亡人とは淋しき名

よべ星と語りし秋を惜み発つ

   昭和56年

空といふ自由鶴舞ひやまざるは

   昭和57年

あたゝかき旅の出逢ひとなりしこと

秋の潮遥かに置きて砂丘行く

風紋を見し目に仰ぐ鰯雲

   昭和58年

これ迄の滝の印象捨てしより

砕けとぶ滝のしぶきに髪吹かれ

滝を見る目の位置も亦落ちてをり

この滝を見ずに語れぬ旅なりし

昭和60年(1985年)、『汀子第二句集』刊行。

『汀子第三句集』

   昭和59年

弔問のひと日春めく空の旅

弔問の客混み来し雛の間

『障子明り』

   平成元年

立子忌を悲しみとせぬ日は何時に

年尾忌につながる晴も三日目に

平成8年(1996年)10月1日、『障子明り』刊行。

『さゆらぎ』

   平成2年

朧夜の町かどに聞く美濃仁輪加

万丈の杉の深さや五月闇

堂内の明暗霧の去来かな

平成13年(2001年)、『さゆらぎ』刊行。

未刊句集『風の庭』

   平成7年

着ぶくれて地震の様子を見に出づる

寒の水汲みて戻りて来し余震

   平成17年

被災地の十年三寒四温かな

震災の十年思ふ寒さかな

この浜に立ちし虚子あり蝦夷の夏

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