『奥の細道』〜東 北〜

天野桃隣『陸奥鵆』[無都遅登理 五]D

|
是ヨリ達谷が窟、岩洞ノ深サ十間余アリ。此洞に二階堂、八間ニ九間と見えたり。多門(聞)天安置ス。不断鎖テ人不入。大同二年田村丸建立と縁記(起)に有。所は高山幽谷にして、人倫絶たる辺土、いか成鬼か住捨て、旅人尋入て道に迷ふ。此所より山の目と云へ出、又一ノ関通リ金成村へ出る。此村一里脇に、つくも橋アリ。 梶原平次兼高 陸奥の勢は味方につくも橋 わたしてかけんやすひらが首 行ケば沢辺村十五丁南、川向にあねはの松アリ、則此辺栗原と云。宮野・築館・高清水、段々宿を来て、荒野と云宿、西北ニアタリ朽木橋アリ。栗駒山則伊沢郡ノ内也、此辺よりは見ゆる也。峯高、水無月の雪猶白し。 ○朴木の葉や幸のした涼 |
|
古川と云宿に来て、秋山寿庵に所縁アリ、尋入て一宿。 ○暑き日や神農慕ふ道の艸 緒絶橋、此古川の町内ニアリ。此橋の名、爰かしこにありて、以上四つは覚えたり。何も故有事にや。此所を出て夜烏と云村へかゝる。小町塚アリ。仙台名寄を見れば、中納言廷(延)房卿・西行法師、両説には、当国此所と有。髑髏の説は当国八十嶋と有。此嶋有所不知。 |

|
是より岩手へかゝる。磐提山、則城下の名也。いはでの関此所なり。 為家の山梔(くちなし)白し磐提山 |
![]() | ![]() |
| 此所より下宮と云村へ出る。さきは鍛冶屋沢、此間ニ小黒崎・水のをじま(小島)アリ。 |
| 是より鳴(ナキ)子の温泉、前ニ大川綱渡し、彼十つなの渡し是成やと、農夫にとへどもしらず。 |

|
川向ニ尿前と云村アリ。則しとまへの関とて、きびしく守ル。越へ(え)行ば、笹森・うすき、此間ニ、かめわり坂有。小くにより新庄への脇道也。尿前より関屋迄十二里、山谷嶮難の径にて、馬足不立、人家纔にアリ。米穀常に不自由。別而飢渇の折節宿不借、可食物なし。二度可通所ニあらず。漸及暮関屋ニ着て、検断を尋、歎キよりて一宿明ス。 山路吟 ○おそろしき谷を隠すか葛の花 ○焼飯に青山椒を力かな |

| 是より尾花沢にかゝり、息を継んとするに、心当たる方留守也。 |

| 一のしに大石田へ出て加賀屋が亭に休足。爰より坂田への乗合を求下ル。 |

|
爰より彼最上川、聞及たるよりも、川幅広く水早し。左右の山続に滝数多アリ。中にも白糸の滝けしきすぐれたり。 ○短夜を二十里寐たり最上川 ○しら糸の滝やこゝろにところてん |

| 此川筋坂田迄二十一里、川の中、船関四ヶ所アリ。尤大石田宿よりの手形、右の所々にて入ル。能聞繕乗べし。なぎ沢・清水・古口・清川、此四所なり。 |

|
松嶋・象潟両所ともに感情深、其俤彷彿タリ。倭国十二景の第一第二、此二景に限るべし。 ○きさかたや唐をうしろに夏構 ○能因に踏れし石か苺(こけ)の花 芭蕉に供せられ曽良も此地に至りて ○波こさぬ契りやかけしみさごの巣 |
