旅のあれこれ

後藤象二郎ゆかりの地
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天保9年(1838年)4月13日、高知城下片町に生まれる。 文久元年(1861年)、御近習目付となる。 文久2年(1862年)、吉田東洋が暗殺されると任を解かれた。 元治元年(1864年)、山内容堂の信頼を得て大監察や参政に就く。 慶応2年(1866年)、開成館を設立。 慶応3年(1867年)1月中旬、坂本龍馬は長崎の料亭清風亭で土佐藩参政後藤象二郎と会談、龍馬の脱藩の罪は許された。 慶応3年(1867年)2月頃、開成館貨殖局の長崎出張所が開設され、後藤象二郎、後に岩崎彌太郎が主任となる。 慶応3年(1867年)6月、坂本龍馬は「夕顔丸」で長崎から上方へ向かい、後藤象二郎や海援隊士とともに「船中八策」を考案したとされる。 明治30年(1897年)8月4日、薨去。享年60。 明治37年(1904年)7月15日、後藤象二郎像が東京の芝公園に建立されたが、銅像は戦時中の金属供出により撤去。 |










