現在地は浦戸城詰ノ段北東隅に位置する、長宗我部元親が10年に渉り、本格的な拠点とした城の天守跡である。 天守跡は詰ノ段よりも7m高く、台形状で、上部は東西11m、南北15m、城八幡(手前)大山祇(奥)の二つの小さな祠がある。天守跡の斜面には石垣の名残と思われる石が露出しており、北側斜面は昭和33年(1958年)の展望台造成工事でその一部が削り取られている。 明治初期の松野尾章行(あきつら)著「皆山集」に掲げる「浦戸城古城略図」には「五間四方」の天守跡が描かれ、近くからは丸瓦および鯱の破片が出土しており、瓦ぶき建物の存在が想定される。これにより豊臣氏の下で長宗我部氏が領国統括のための大規模な築城を行ったことが見てとれる。 |
「ゆたかになる」こととは 「愛することを知ること」であることを 言いたかったからであり それで いつでも 君の愛に応え得るように 自然を美しく保ちたいからである 星が好きになり いつも星を見ていれば 星さえ君のものとなり 夕焼けが好きになり いつも夕焼けを見ていれば 夕焼けさえ君のものとなる
山崎圭次「星よりのことづて」より |
平成9年(1997年)4月17日、山崎圭次没。 平成22年(2010年)4月14日、除幕。 |